Just do it !

よく考えたあとは、やってみよう、うごいてみよう

NHKのあさイチで、生ゴミは新聞紙で包んだほうが良い、と聞いて考えた新聞の役割。

先日のNHKの番組「あさイチ」で、「生ゴミはビニール袋ではなく新聞紙でくるむと臭わない」という話を放送していました。

その中で芸人さんが、「うちは新聞をとっていない」と発言をして、一瞬、場がビミョーな空気に包まれました。

なぜビミョーなのか。しばらく考えてみた結果、ここに常識の先を行く現実が見えるからだ、と思い至りました。

まず、一つ目。

「うちも新聞とっていない・・」という視聴者を代弁するさざなみのような共感。

と同時に「新聞とってないの!」という驚きを隠さない集団とのギャップ。

私の住むマンションは、月に一度、古新聞の回収が販売所によって行われます。朝日新聞で五世帯。読売新聞で二世帯しか、古新聞が出ていません。五十世帯ほどの小さなマンションですが、ざっと購読率は14%ということになります。

近所の団地の新聞配達の風景を見ても、一つの階段をのぼるときに持って上がるのは、せいぜい一部か二部。それも、四つほどある階段のうち、二つにしか上っていきません。仮に八階建ての建物に階段が4つ、それぞれの階に二戸ずつあると考えれば、一棟で六十四世帯。六十四世帯中四契約とすれば、購読率はおよそ7%ほど。

どこの新聞かはわかりませんが、読売か朝日の販売店が配達の委託を引き受けていると思いますので、他に一社あるとしても、全体の購読率で二割はないことが想像できます。

電車の中を見てみれば、新聞を広げている人は皆無です。混んでいる電車の中で新聞を広げるよりも、スマホでニュースを見たほうが楽。携帯各社に支払うスマホ代のほうが大事だし、ということが大きな理由だとは思います。

引越しなどで一度やめてしまえば、ヤフーニュースでこと足りる、無料だし、ということになって、再契約をしなくなるのでしょう。

NHKあさイチスタッフは、情報番組の仕事をしていますから、各紙に目を通していると思います。なので、企画会議の中で、家に新聞紙がないかもしれないということを、誰も思いつかなかったのでしょう。

世の中の八割以上の世帯が、新聞をとっていないかもしれない、ということ。それが、公共放送の生放送であらわに見えてしまったこと。それが、あのビミョーな空気感の原因の一つ目かなと思います。

二つ目。

テレビに出演している人が、「新聞をとっていない」というなんとなく言いづらいNGワードを、思わず生放送で発言したこと。NHKなので忖度は必要ありませんが、民放ならNGワードでしょう。

民放各社の親会社は新聞社です。全国の地方局も含めて、たいていのテレビ局には新聞社の資本が入っています。取締役には新聞社の幹部が就任しているものです。

芸人さんであれば、キー局のみならず、地方局も含めてテレビ出演ができないと困るはず。「新聞をとっていない」ことは視聴者の共感を得ることはできても、メディア側からするとあまり公に口にしてほしくないこと。

これを生放送でさらりと発言してしまえる存在になっている新聞の軽さが見えてしまったこと。

三つ目。

「新聞紙がなければ、紙袋でも代用できますから」と、進行役のアナウンサーのかたはフォローしていましたが、生ゴミの処理が毎日できるほどの紙袋を、家に常備している家庭はないと思います。

つまり、先日のあさイチで取り上げた生ゴミの処理方法は、新聞が家にあることが前提のお話。

つまり新聞がなければ成り立たない、視聴者のほとんどの家庭の役にたたないお話を、延々と三十分以上かけて放送をしていたことになります。公共放送としてどうなんだろう。

それを言っちゃおしまいだろうという結論を、番組冒頭で突きつけた、ゲストの無意識かつ企画をひっくり返す本質的な問いかけ。

 

そして最後に、ビミョーな空気感のその先に待ち構える問題について。

アフィリエイターが日々格闘されている課題ですが、どのような話題であれ、検索サイトで見つけらなければ、存在していないことに等しい、そんな社会になりつつあります。

マスメディアは、記者クラブを作り、国家権力の庇護のもと、大上段に物申す存在として、ネット社会からは忌み嫌われて来たと思います。

しかし、最近のあまりにも急激な衰退ぶりに、果たしてこのままで良いのだろうかと、心配になってきました。

Democracy on the web works.

という、グーグルの掲げることばがあります。

直訳すれば、「ウェブ上では民主主義が機能する」となるでしょうか。

多数決は、民主主義の基本です。

しかし一方で、その民主主義が一つの組織に依存することによって、多様性が失われるという問題があります。

民主主義を守るために、大切なのは少数意見を尊重すること。

多数決で決めるにしても、将来につながるかもしれない少数意見、偶然の中から生まれてくる突然変異の芽を潰さない。

その芽を見つけ出して、大きく取り上げることができるのは、今でもジャーナリズムといったことばでくくられる新聞や出版だと思うのです。

一党独裁の中の民主主義とはどのようなものか。

わたしたちは飛行機で数時間空を飛べばそれを知ることができます。その国を訪れることにより、一つの思想の中で完結する民主主義とはなにか。わたしたちは体験することができます。そこはすべての行動が監視され記録される社会です。

マイクロソフトがアップルに手を貸したように、グーグルも多様性を確保するために、自らのライバルを育てる必要があるでしょう。ヤフーが独自のサーチエンジンを準備することを、後押しするくらいのことがおそらく必要でしょう。

 

先日のNHKあさイチ」の、におわない生ゴミの処理方法の特集を見たあと、ビニール袋に入れていた生ゴミを、新聞紙に包み直しながら、そんな事を考えてしまいました。

テーマパークの国 北朝鮮: 平壌の青空の下 自由とは何かを考えた

テーマパークの国 北朝鮮: 平壌の青空の下 自由とは何かを考えた

 

sisidovski.hatenablog.com

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飲み会忘年会を開くなら、港区麻布十番のチェーン店のコスパがよいのでおすすめです。ラ・ボエームでドンペリを飲んでしまった。

先週末、忘年会を開きました。当初池袋で開催予定でしたが、池袋に近い参加者が来られなくなったので、他の参加者が来やすい麻布十番に変更しました。

麻布十番には高級なイメージが有り、どのお店も客単価は高めです。

麻布十番で忘年会だなんて、セレブの集まり?

なんて誤解を受けそうですが、仲の良い同級生が集まるただの忘年会。

特になにも考えずに、居酒屋、エスニック料理店などを選ぶと、池袋などと比べて、二次会も開催できるくらいの費用がかかります。

ふつう麻布十番で忘年会を開くなら、小洒落たお店で、となるのかもしれませんが、そこはおじさんおばさんの集まる忘年会。

とくに高級なところを希望する向きもなく、むしろ「高いんじゃないの?、うちは大学生が二人いて学費が大変だから、遠くても安い池袋でいいんだけれど」というコスト意識の高い人たちの忘年会。

そこで鳥貴族。

チェーン店なら、どのお店もたいていお値段は一緒。焼き鳥の値段には、家賃が含まれていますから、都心の店舗は、家賃分だけ値段をあげないと採算が合わないはず。でも地域全体で採算を合わせているからでしょう。何を頼んでも一つ298円。

298円で、生ビールを何杯か頂いたあとに、サントリー知多のハイボールを何杯かおかわり。

広尾にも鳥貴族はあるのですが、もっぱら麻布十番に集います。麻布十番東京メトロ南北線都営地下鉄大江戸線が交差するところ。交通の便もいいのです。

あと、治安が良いのもメリットです。

新宿、池袋、渋谷によくいる客引きや、酔ってからんでくるような人がいません。鳥貴族で飲んでいる人たちは、麻布十番でも特にコスパ意識の高い人達です。暴れるような人はいません。

二次会は、そのまま近くのカフェ・ラ・ボエーム。中心部のパティオにあるちょっとした広場に面したお店です。

ここもチェーン店。ロケーションが良く、お値段も麻布十番にしては控えめです。

六本木ヒルズけやき坂のクリスマスイルミネーションは、彩り鮮やかでとてもきれいですが、パティオの照明は、パリの街外れをイメージさせて、とてもシック。そんなパティオに面したボックス席で、スパークリングワインを、ぽん!と開ける。

なんでも、ドン・ペリニヨン・フェスティバルをしているそうで、ラ・ボエームおすすめの飲み物が、ドン・ペリニヨン。ボトルが1万6800円。

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自分で払ったことがないので詳しくは知りませんが、銀座のお店だと10万円するとかしないとか。しゅわしゅわの泡がシルクのようになめらかで、さすがドンペリ

麻布十番のチェーン店は、コスパ最高で、ホントにおすすめです。

麻布の生活

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ソフトバンクの通信障害で、ドコモとAUができることはないのでしょうか。鉄道や航空で行われているような、代替通信ができるといいですね。

通信と並び重要なインフラである交通機関は、事故などが起きると、他社便への切り替えを無料で行います。鉄道、航空など、国土交通省の管轄する運輸分野では、あたりまえの仕組みとして機能しています。

ソフトバンクの通信障害が起きたとき、同様の仕組みが発動されないのはなぜでしょう。

総務省は重大事故案件として、業務改善命令を出すとも言われていますが、そもそも、国として、運輸分野で行われているような仕組みを準備してこなかった、ということが残念です。いままでなぜ作らなかったのでしょう。

各社「予防的措置」として、通信の二重化などは当然進めていると思います。しかし、それでも障害が発生してしまったときには、交通機関で行われている他社への振替輸送と、同じような対応を行う必要があると思います。

AUが自発的に案内を行っていたようですが、Wifiを使用した通信を障害発生時に使用することを周知すれば公衆電話に殺到する人を減らすことができたかもしれません。さすがに、稲盛さんが経営してきた企業だけあって、イナモリズムは今でも息づいているようです

都市部を外れた郊外であれば、wifiも使用できないと思いますので、そのような地域については、総務省主導で各社間での協力体制を作っていくことが望まれます。

このような仕組みは、ライバル企業同士で進めることは、かんたんなことではありません。

特にNTTやKDDは、もともと役所だったような組織。そのようなところから、民営化によってできたドコモやAUのような企業と、ベンチャーで立ち上がってきたソフトバンクとでは、社員の気質が異なりすぎます。

国全体のインフラのあるべき姿のグランドデザインを考え、誘導するのは、監督官庁である総務省の役割ではないかと思います。

業務改善命令を出すことも一つの役割だとは思いますが、国全体の携帯通信網の維持についてのグランドデザインを、同時に示していただけたらよいのに、と思います。

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高輪ゲートウェイ駅にするなら、高輪大木戸駅でよかったのに

高輪ゲートウェイの駅名にほとんどの人が驚いているようですが、なんでも高輪の大木戸の近くだから、ということも理由の一つにあったそうです。

ここには、江戸時代、江戸市中に入る門があり、夕方になると閉めることになっていました。今でも高輪大木戸跡として残っています。

高輪大木戸は、東海道日本橋から歩いたとき、最初に目にする、東海道の名残といえるモニュメントです。

目の付け所は悪くないと思うのですが、これを横文字にしてしまうところが、なんとも残念です。

 

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以前は、近所に住んでいたので、よくこのあたりを歩いていました。

地元の人達は、「高輪駅」にしようと考えて、ポスターなどを作り、活動をしていました。

江戸以前、山手線の外側は海で、陸地側の高台を道が通っていました。今でも田町の駅前から、高台にのぼる昔の街道筋が残っています。これを高縄原とよび、高縄(たかなわ)が高輪という地名になったということです。あの辺り一帯は、すべて高輪という地名なので、高輪が一番しっくりときますが、あまりにも当たり前過ぎて、すこしひねった名前にしたかったのでしょうね。

大木戸の近くに、天井高がとても低くて、まっすぐに立っては歩けない山手線高架下のトンネルがあるのですが、今回の新駅建設で、ここがなくなるそうです。

田町駅近くの、札の辻から北品川の御殿山まで、自転車や車で海側に抜ける道は、ここにしかないのですが、自転車で抜けるときなど、ここで亀のように首をすくめて、自転車のハンドルのあいだに頭を沈めて走りました。

海側には浄水場しかないので、鉄道用地と合わせて、ここ一体を再開発しようという目論見には、なるほどなとうなずけます。

便利なところをより便利にするのもよいのですが、不便なところをすこしでも便利なところにしてほしい、というのが、今の私の願いです。はやく大江戸線の延伸を進めてほしい、今日このごろ。

東海道五十三次 十八日間 ひとり歩き: ロングトレイル 600キロ

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麻布の生活

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ぼーっと生きてんじゃねーよ、と言われても、ぼーっとしていたい

NHKの番組「チコちゃんに叱られる」が好きで、毎週見ています。フジテレビ傘下の共同テレビが制作しているということで、NHKの真面目さを、昔のフジテレビが茶化しているような味付けで、ついついくせになっています。

フジテレビは今でも人気企業の一つですが、私が就職活動をした二十数年前のバブルエコノミーの時代、会社説明会の参加が有料と聞き、びっくりしたことを覚えています。

資料の請求だけで数万件も来るので、無料では、やっていられないという人事部の負担もわからないでもありませんが、当時はとにかく唖然としたものです。

そんな時代に入社した人たちが局長や取締役になったいま、フジテレビは視聴率の低迷に悩まされているそうです。

インターネットが世に出る前は、マスメディアの伝えることが、世論でした。新聞テレビの系列はいろいろとありますが、ほぼ7つくらいの企業グループで伝えることが世間というものを作っていました。

記者は夜討ち朝駆けで官僚や政治家の家に張り込み、直接情報を聞き出すことが基本でした。週7日勤務の毎日で、今ならストーカー行為と糾弾され、ブラック企業と言われたことでしょう。

ところが、最近は何を調べるにも、まず検索エンジンに聞く、ということが標準化しています。記者やディレクターも、取材はじめに、まずはググるということになっていることでしょう。

インターネットの出現以前は、新聞やテレビを見ていれば、世間、というものがわかりました。ところが、インターネット時代を迎えてからは、記者でなくても自分から情報を取りに行くことで、世間を知ることができるようになりました。フィルターのかかった情報が提示されるということはあっても、手のひらのスマホで、世間が見えるようになりました。従って、記者やディレクターは、より一層深い、その先を調べることが求められるようになっています。

知らないことがあると、むかしは、「調べたか?」と聞かれ、「本でわからなければ、足を使え」などと言われたものです。

「ぼーっと生きてんじゃねえよ!」

ググるだけで、積極的な取材に出ようとしない、若いディレクター。

親会社に企画書を上げたのに採用しない頭の固い編成局。

番組プロデューサーの心の叫びが、チコちゃんに乗り移って発せられているかと思うと、番組がより一層の深みを持って、味わえます。

だからついつい見てしまう、のかもしれません。

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日産とルノーの関係から見える日本企業とフランス企業の違い

フランス企業で日本法人の代表を務めていた人がよくこぼしていたのが、国営企業であることの制約。フランスは社会党が政権を担っていた時代に企業の国有化が進んでおり、いろいろと国が口を挟んできたそう。ミッテラン大統領が引退して、シラク大統領になって以降は、また民営化の流れが強まったそうですが、ルノーの株式を今でも持っているところなど、あれから三十年近くが経っても、そうそうその体質は変わるものでもなさそうです。

フランスは大学の上に、グランゼコールという政治家や企業幹部の登竜門となっている学校があり、大企業の経営者は、その多くがグランゼコールの出身と言われています。ゴーンさんもグランゼコールの一つ、鉱山学校の出身。東京都知事であった舛添さんも、グランゼコールの一つ行政学院に留学していたとのこと。人の欲望をコントロールすることは、どんなに頭脳が優秀であっても、難しいということがよくわかります。

労働者と経営者が入り口から異なっていることは、フランス企業にいるとよくわかります。日本の大企業の場合には、実際には人によってルートが異なっていても、露骨にそれを従業員に見せることはありません。四十代になると、実は三十代の頃から、いや入社のときから道が分かれていたことに、あとから気づくわけですが、できるだけ人事部はそれとわからないようにします。また、実際その通りに必ずしも進むとは限らず、時の運がその行先を変えることはよくあります。

フランスのように入口から違っていると、本人もその自覚を持って仕事に取り組みます。働かないフランス人のイメージは、一般労働者のお話で、フランスでも経営幹部候補生は、ある程度の実績を出すまでは、日本のサラリーマンのようにがむしゃらに働きます。日本の場合、すでに入口が違っていても、努力をすれば報われると思い、必死によくわからないゴールに向かって、ほぼ全員で頑張るところがフランスとの違いでしょうか。

実際、どのような仕事でも、夢中になって取り組んでいられる間は、収入にかかわらず充実するもので、たのしさを感じることができます。でも、実は入口から違っていたことにうすうすは気づいていながらも、忙しさに流されて、五十代になってようやく目の前に突きつけられて諦める、というのが、最近の日本の状況でしょうか。

フランスのマクロン大統領も当然のように舛添さんと同じ、グランゼコール行政学院を卒業しています。フランスは政府、大企業を問わず、グランゼコールの出身者が幹部に名を連ねています。関係者の口ぶりからは、日本の東大を卒業した人の関係性とは比較にならないほど密で特別なものを感じます。

日本の場合、国が日産の経営に口を挟むことなどまるで想像もつかないことですが、グランゼコール出身者同士のつながりを考えると、マクロンが本気でゴーンを救いに来るような気がしてなりません。

しかし、日本の検察もプライドがあるでしょうから、どこまで踏ん張れるのか。どのような形で政治的決着が図られるのか、個人的には興味深く見ています。

マスメディアの論調は、検察のリークを垂れ流すようなものが多く、日産がルノー傘下に入らないことを応援するような雰囲気が感じられますが、日産が下請け企業に日々強いている圧力を考えると、今回の騒動をディーラーや部品会社の社員の方たちは、案外面白おかしく、現在の日産幹部に対して批判的に見ている向きがあるような気がします。あなたたちも同罪だぞ。そうした無言のつぶやきがこれからさざなみのように広がっていくのではないでしょうか。

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genice.net

電話を使っているひといますか? 会社や家に電話機はあるけれど、ここ数年使った記憶がない。

 つい最近まで、コールセンターを管理する会社にいたため、電話を使っている人たちの姿は毎日見ていました。その内容を分析したり、どのようにコールを分散するかなど、周りで電話を使う業務をしている人が大勢いる環境にいました。なので電話が今でも世の中で広く使われていることは、もちろん知っています。

 しかし、自分のデスクの電話がなることは全くなし。コールセンターの繁忙期で電話が足りなくなったときなどは、オペレーション用に使ってもらうように、デスクから持っていってもらいました。でも全く困らないのです。

 業務連絡はすべてメール。取引先に電話をかけるのはよほどの緊急事態のときだけ。でも、バックオフィス業務なので、こちらから電話でお願いすることはほとんどなし。

 海外とのやり取りはスカイプ。チャット。PCにヘッドセットをつけて話をするので、会話はしているわけですが、電話機は使っていない。

 家にも固定電話はありますが、使うことはなし。友人、知人との連絡はすべて、ラインやメッセンジャー。会話もラインとメッセンジャーがあれば困りません。

 自宅の電話にFAXが自動受信で入ってきますが、前に番号を使用していた人の影響か、高金利のローンの案内しか入ってきません。止めてほしいと書いたFAXを送ってみましたが、自動送信が止まる気配がないので、とうとうFAXを抜いてしまいました。こうなると、なんのために電話とFAXがあるのかよくわからなくなってきます。迷惑FAX防止機能をつけられないものかと思います。

 携帯電話もまるで鳴りません。転職の紹介の電話がエージェントからかかってくる程度。それも年に数回。年配の方は携帯電話にかけてこられますが、そのようなケースは一年に一度か二度、あるかどうか。なので、思い切って携帯電話番号の維持をやめてしまいました。SIMをデータ通信SIMに変更。

 SMSが使えないと、本人確認でいろいろと面倒ではありますが、どうしても困ればSMS付きのSIMを買えば良いかなと思っています。

 自宅の電話回線は光を引いているので、電話番号一つで月五百円。NTT電話代は合計六千円くらい。電話番号がないと住所不定のような感じになってしまうので、就職活動を控えた子どもたちのために一応維持しています。

 自動継続で自動的にお金が落ちるビジネスは、本当にうまくできています。

 解約するのにエネルギーが必要なので、ちょっと手間がかかったり、忙しかったりすると、なかなかやめることができません。でもやめてみると、必要なかったことに、あらためて気付きます。

 さて、次は何をやめるかな。

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外国人技能実習生の待遇の話を最近耳にしますが

システム開発の仕事していると、周りは外国人ばかり。外国人という言い方さえも違和感を感じる、日本人の方が少ない多国籍が当然の環境。コミュニケーションは普通に英語と日本語のちゃんぽん。そんなところで仕事をしていると、実態の方がもっと先を進んでいるなと、思います。

インドなどの海外ベンダーに発注すれば、仕事仲間はインドの人ばかりになるし、韓国企業に発注すれば韓国の人ばかりになる。そもそもアジアの地域本部がシンガポールにあるので、日本もその中の一部に過ぎない。日本はすでにシンガポールから指示をされる立場なのに、日本企業の人たちは、東京から指示を出すのでそのことに気付けない。

二十年前ならまだしも、今日本に来るのは、日本の文化に興味を持つ人たちだけのような気がします。アジアの人であれば、まずはシンガポールを目指すでしょう。シンガポールのビザが取れなければ、オーストラリアとか、ニュージーランドとか。日本のような基準が明確で無いビザをわざわざ取って来るのかな、と思います。

外資系企業で出会う人たちの、本音を聞いてみると、本当はアメリカへ行きたかった、英国へ行きたかった、というのはよく聞く話。なのに日本が第一希望で来る人たちというのは、日本のアニメが好き、漫画が好き、といった本当の理由が裏に本音であったりする。

にもかかわらず、メディアを通じて伝わってくる受け入れを画策している立場の日本人は、相変わらず欧米が上で、アジアは下のような感覚のまま。もうそのような時代ではないでしょう、と思うのだけれど、日本人しかいない霞ヶ関や永田町にいると、実態がわからないのだろうなと、想像します。公務員制度の基本的な欠陥である、ダイバーシティーの無さが政策立案の時にマイナス面として現れます。

特定技能と言う名の単純労働で人々を受け入れても、いびつな感覚のままの日本の受け入れ先に入ってしまった人たちは、日本嫌いになる。そして、二度と来なくなる。

恐らくオリンピックの後に来る不況の時期には、リーマンショックの時のように、今働いている人たちも大量に解雇されて、結果として日本嫌いな人を増やすことにつながるのではないかと、憂いています。

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ブログを書いているおじさんおばさんがまわりにいないと思っていたら

ブログをみていて思うのが、年齢層が若いということ。見渡してみれば、まわりのおじさんおばさんが楽しんでいるのは、Facebookばかり。ブログを更新しているという話もほとんど耳にしない。

なるほど、と思いました。

まだまだこれからブログの世界はすそ野が広がる、ということなのかな。

これからは映像とのメディアミックスへ流れて行くような気がしている。 

実際、よく読まれている記事はゴールドカードやプラチナカードに関するものよりも、年会費無料で作れる若年層向けクレジットカード記事のほうが閲覧数は多いので、これは納得の数字。 若年層向けの記事:よく読まれている 40代以上向けの記事:あまり読まれない 逆にいえばまだまだ40代以上の需要を拾えていない…ということでもあるので、これからはもう少し、40代、50代、60代といった比較的お金に余裕がある世代向けの記事も増やしていくべきかもですね。

2018年10月の月間アクセス数は431万PVを達成!将来的には雑誌やテレビ等に負けない発信力を持つ、金融系メディアにしていきたい。 - クレジットカードの読みもの

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AirPodを三ヶ月前に購入するも全く使わず。久しぶりに使ったところ、良いかもしれないと思い直しました。

三ヶ月前に、アップルのイヤホンであるエアポッドを買いました。ここのところ東海道を歩いたり、腰痛で寝込んでいたりしていたので、まるで使う機会はなし。でも、先日メッセンジャーで友人と話すときに使用してみたら、やはり便利と思い、これから使ってみようと、思い直しているところです。

今までは、片耳に入れるイヤホンマイクを使っていましたが、両耳に入れてステレオで音楽を聞きたいと思い、エアポッドを買うことにしました。

最近は耳の奥に入れる、音漏れのないタイプが主流のようですが、私は耳穴の中に入れるタイプはこそばかゆくて、あまり好みではありません。

また、アイフォンについているケーブル付きのイヤホンは、コードがブラブラと体にまとわりつくので、満員電車の中などで、ときどき引っかかっている人を見かけたりすることもあり、できれば使いたくないと思っていました。

そうこうしているうちに、片耳イヤホンマイクを使って四、五年がたち、そろそろ次のが欲しいと考えて、一度別のものを買ったのですが、音が悪くて、放置状態。

エアポッドはちょっと高いとは思いましたが、安物買いの銭失い、をした直後であったこともあり、思い切って購入してみました。

音質は、アイフォンの付属品とほとんど変わらないような気もしますが、使い勝手は良いと思います。ケースから出し入れするときに、ブルートゥース接続しているアイフォンの画面に充電状況が表示され、意識しなくても確認できます。

先日、テレビでニュースを見ていたら、片耳だけエアポッドを入れて、返しの音を聞きながら中継しているアナウンサーの方がいて、片耳だけでも使えることを知りました。というのは、何度か片耳だけで電話しようとしたときには使えなかったもので。

東海道を歩いているときに、撮影用のマイクとして、コメントを録音できないかなとも考えましたが、それはできませんでした。これができるとさらに良いのですが。

もう少し小さいと良いと思わないでもありませんが、思っていた以上には使えるかもしれないと、使い方を見直しているところです。

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東海道五十三次十八日間ひとり歩き アマゾンで有料公開して二週間 本のほうが読んでいただけるというこの不思議

東海道五十三次を歩いて書いた、

東海道五十三次 十八日間 ひとり歩き。

有料公開して二週間となりました。

おかげさまで、日本史カテゴリーの地域部門で、三位前後に入るようになってきました。

 

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比べて、ブログは難しいですね。本のほうが読んでいただけるというこの現実。

普通は逆だと思うのですが。

ブログも読んでいただけるように頑張らないと。

東海道五十三次 十八日間 ひとり歩き: ロングトレイル 600キロ

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孫を腕に抱くとき、どんなことを考えるのだろう。若くてイキノイイひとたちばかりのブログの世界。老成したひとやおっさんはそこにいるのかな。

 生まれてからしばらくの間は、親がかかりっきりで、自分の面倒を見てくれます。しかし、当時の自分に、親の世話になったという感覚はそれほどありません。何も出来ない赤ちゃんは、親に世話をしてもらわなければ、生きていけないですし、それは、あたり前のこととして、受け入れていました。

 自分が親になると、赤ちゃんの世話が、こんなにも大変だったのか、ということを思い知らされます。赤ちゃんが寝ているときだけが、自分の休息時間。少しでも気分の悪いことがあると、赤ちゃんは泣き叫びます。自分もそうだったのでしょうが、そのような自分の感情の細かいことまでは憶えていません。赤ちゃんは言葉が話せないので、泣いたり笑ったりして、その理由を知らせようとします。その表情と泣き声を読んで、次に何をしたらよいかを考えます。

 仕事があってもなくても、赤ちゃんのことは最優先事項です。どんなに重要な会議が会社であっても、赤ちゃんが高熱を出せば、一人で家に残すわけにはいきません。妻や両親や兄弟や、ありとあらゆるつてを使って、対応してくれる人を探します。見つからないときは、たいてい、お母さんが犠牲になります。妻が世話出来なければ、その日の仕事は諦めて、自分で世話をするしかありません。

 赤ちゃんの鳴き声には、人の感情を動かす、初めから組み込まれたプログラムのようなものがあるのでしょう。電車の中や、お店の中で、赤ちゃんの泣き声が聞こえると、皆が振り返ります。どうしたのだろう、大丈夫かな。赤ちゃんの声に反応しない人などなく、その裏返しの感情として、うるさい、と舌打ちする人も、中にはいることでしょう。やはり、何かしらの感情を掻き立てる仕組みが、赤ちゃんの声には仕組まれているのです。

 赤ちゃんを自分の腕に抱いていると、世代が一回転したことを感じます。自分の子どもが孫を抱えて遊びに来る日がやってくると、二回転したと思うのでしょうか。三回転目を見届ける前に、たいていの人は、この世から去って行きます。

 孫を腕に抱くというのは、どのような感覚なのでしょう。まだ経験をしていないので、想像しかできません。命が繋がった安堵感なのでしょうか。遠い昔、自分が若かった頃の、自分の子どもを腕に抱えていたときのことを思い返すのでしょうか。 

東海道五十三次 十八日間 ひとり歩き: ロングトレイル 600キロ

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人生にはいくつかの決まった形しかないような気がしている 朝は四本足、昼二本足になり、夜三本足になる

 

 「坂の上の雲」というドラマがありました。司馬遼太郎さんの原作をもとに、NHKが制作し、数年をかけて、年末に放送した作品です。

 人は生まれた直後から、ひとり歩き始めます。やがて目標を見つけると、その山の高みを目指して、ゆっくりと歩を進めます。途中、さまざまなことがあり、進路を変更したり、挫折して引き返したり。また、別の坂道を上り始めたり。思い描いたとおりの人生を最後まで歩き続けられる人など、おそらくどこにもいないことでしょう。

 山に続く坂道を上りながら、遠い先に見える雲を目標に追い続ける。雲なので、そこにたどり着くことはない。わかっていても、坂道の先に見える雲を目指す。それは理想であったり、たどり着きたい形であったり、手につかめないもやもやとしたもので、たどり着いたと思えば、消えてしまう儚い夢であったり。

 人は生まれて気がつくと、すでに歩きはじめています。どこに向かえばよいのか。わからないままに歩き出し、成長するに従って、具体的な何かを目指し歩き始めます。

 なぜそこを目指すようになったのか。実は、あまりはっきりとはしません。親に言われたことが影響するのか。学校の先生から影響を受けるのか。友達からの影響なのか。

 小学校、中学校、高校と進むにつれて、友達も変わります。徐々に同じ目標を持つ、仲間とともに歩むようになります。運動部であったり、ゼミの仲間であったり、会社の先輩後輩であったり。

 そして、子どもの頃には常に一緒にいた、兄弟たちとはいつしか疎遠になり、結婚すればパートナーとともに過ごす時間が長くなります。やがて、自分の子どもたちを中心とした時間を過ごすようになり、自分の家族のために、その大部分の時間が使われるようになっていきます。

 人生の目標はさまざまです。仕事の中に見出す人。趣味の中に見出す人。お金持ちという結果にこだわる人もいれば、清貧という状態にとどまりたい人もいます。しかしながら、人生五十年を生きて、折り返し地点を過ぎてみれば、人生の形というものは、おおよそ決まっているということが、見えてきます。

 「朝は四本足で、昼に二本足になり、夜は三本足になるものはなんだ」という、スフィンクスの唱えるなぞなぞがあります。人はすべからくこの順番に生きるようにプログラムされていて、人生の目標とされているものは、実はなんでも良くて、人を前に進ませるための原動力として、「坂の上の雲」を見せているのではないか、と思うようになりました。 

 人は、自分でもよくわからないうちに、目標を定め、そこにたどり着くことこそが人生と、思い込んでいます。

 小さい頃からプロ野球選手になることを夢見て、努力を重ねて一流の選手になる人がいます。また、途中でケガをして、超一流選手であったにも関わらず、夢の舞台から早々に立ち去る人もいます。

 そして、そのような夢半ばで敗れた人は、だめな人生を送っているのかといえば、決してそのようなことはありません。試行錯誤もまた、人生なのです。そして、挫折によって、その人生の形に、より深い陰影をつけることに成功するのです。

 人生が終わってみて、三途の川の手前のエンマ大王の前で、人生全体を俯瞰したときに、その形はどれもおなじような姿をしているはずです。そして、それぞれの人生の節々には、その人の当時の感情の起伏に応じた陰影が、深く刻まれていることでしょう。エンマ大王は、おそらくその印影を一つ一つ確認して、どんな人生であったか、一緒に確認するのでしょう。

 朝は四本足、昼は二本足、夜には三本足。超高速早回しで、人の一生を通してみれば、どの人生もスフィンクスの問いにあったような、同じ変化を繰り返していることが、見てとれるように思います。

 

 

ライフプランニング 初級編

ライフプランニング 初級編

 

 東海道を歩く人はみな同じルートを通ります。朝三本足で、昼四本足で、夜二本足にはなりません。日本橋を出発し、東海道を歩く人は、みな五十三次を通り、京都へ。

東海道五十三次 十八日間 ひとり歩き: ロングトレイル 600キロ

東海道五十三次 十八日間 ひとり歩き: ロングトレイル 600キロ

 

 

クレジットカードは、何よりもブランド力が大事と思う 安心を買うということ

 

 新婚旅行で欧州を旅したときのこと。新婚旅行ではあったが、いつもの気分でバックパック一つででかけた。夫婦揃ってバッグ一つずつ。しかし、新婚旅行ということもあり、すべて四つ星ホテルに予約を入れた。

 初日のパリのホテル。オペラ座近くの一等地に建つホテルだ。チェックインのために、手続きをしている人の後ろで待っていたが、私達のあとからやってきた初老の夫婦が先に呼ばれる。

 そして、そのあとも呼ばれるかと思ったが、無視される。声がかからない。仕方ないので、初老の夫婦が終わるとカウンターヘ向かいチェックインを依頼した。

 一瞥されながらも、ようやくチェックインできた。

 しかし、部屋が建物の隅っこのあまり良いとは言えない部屋だった。キーを渡してもらうことは出来たが、釈然としなかった。

 さすがに、四つ星ホテルにバックパックはまずかったかなと思い、パリの空港で少々値の張った、ブランド品の大きなカバンを購入した。バックパックは世界中を一緒に旅した大切なものなので、カバンの奥底に仕舞い込んだ。

 次の訪問地である、イタリアのフィレンツェ。ここも四つ星ホテル。

 ここでとんでもないことを言われた。

 予約はない、と言われたのだ。予約の確認書を見せてもだめだった。バッグはブランド品だったが、服装がバックパッカーに近かった。

 またかよ、と思ったが、フィレンツェのホテルは、日本のアメックス経由でようやく予約できた四つ星ホテルだ。当時はウェブで直ぐに別のホテルの予約が取れる、という環境ではない。おまけにハイシーズンでどのホテルも混んでいた。

 そうだ、と思い直し、アメックスのゴールドカードを渡して聞いた。アメックスから予約が入っているはずだから見てください、と。

 失礼、お名前がありました、と、五秒後に返事が来た。

 このような経験をしているので、クレジットカードはそのカード特有のサービスやコストパフォーマンスだけではなく、そのカードを持つことによって得られる見えないベネフィットを考えるようにしている。

 次に、日本国内で考えてみる。

 お店の人が海外からの旅行者と接したときのことを想像してみよう。出身各国では有名な銀行かもしれないが、日本に住む私達が、まるで知らない銀行のクレジットカードと、アメックスやダイナースのカードを出されたときに、どちらが安心か。

 これはステータスの問題ではなく、受け入れ側の安心感の問題だ。アメックスやダイナースの審査に通っているから、少なくとも踏み倒すことはないだろう、と無意識に値踏みするのではないか。

  大学を卒業後、最初の就職先がアメックスだった。新入社員研修でクレジットカードとはなにか、についてかなり深い研修を受けた。日本国内で使用する限り、機能については、どのクレジットカードでも年会費相応にサービスが充実していると思う。

 しかし、海外へ行ったときの安心感はブランドによってまるで違う。

 決済機能だけを考えるなら、どのブランドでも良いと思う。しかし、緊急時になんとかしてくれる、助けてくれるクレジットカードは少ない。

 アメックスOBの集まるヤメックスという集まりがある。みなさん退職後は、外資系企業や他のカード会社へ転職していく。日本企業にいると感じることは少ないが、外資系企業の中でのアメックスの評価は高い。それは、高品質なサービス、ブランドマーケティングについての経験を積んだ、ということが、高く評価されるからだ。

 海外へ出かけることがよくあり、緊急時に自分でなんとかしなければならないことに出くわす可能性の高い人は、アメックスを一枚持っていると安心だと思う。これは単にOBだからということではなく、経験上、何度も救われたことがあるので、そう思うのです。

 

アメックスのことをとても良く研究されているので、オススメです。

investravel.hateblo.jp

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むかしコピーライター、いまアフィリエイター説 その後は?

三十年前、コピーライターという仕事にスポットのあたる時代があった。

コピー一行で三千万円。

高給な広告業界の中でも、ことばの職人として、多くの人が憧れた。

アフィリエイターは、コピーライターに似ている。

メーカーが開発した商品を、ことばやデザインを駆使して、欲しい、と思わせる。

広告の主戦場は、つい近頃までは四大メディアだったが、いつの間にやらその場がネット上の世界に変わった。そして、ネットの広告を牽引しているのが、アフィリエイターだ。

四大メディアとネットが異なるのは、直接消費者とつながることだ。

わたしがこどものころは、まだ、路上にガマの油売りがいた。

刀で腕をスーッと切って見せて、どんな傷でもすぐに治ります、とひとこと。

周りのサクラが一つくれ、二つくれ、と手を伸ばす。そのすべてが一つの芸になっていて、見ている人もそれを知っている。でも楽しいから、買っていく。今ならイベント会場での実演販売。テレビショッピングももとをたどれば、ガマの油売りだろう。

ちんどん屋さんという職業もあった。これも広告の一種だ。ラッパを鳴らし、太鼓を鳴らし、チラシを撒いていく。

一世を風靡したコピーライターは、その後、広告塾の講師として活躍する。広告業界の業界誌で、クリエイター養成講座を開催すれば、大勢の人達が集まった。

糸井重里さんは、TV番組の司会者のあと、ほぼ日手帳を作る会社を立ち上げ、林真理子さんは作家となった。ことばを駆使するコピーライターの多くは、ことばを紡ぎあげる作家となっていった。

アフィリエイターを経験した人たちは、今後どのような職業に変わっていくのだろう。

アフィリエイターを育成するビジネスは、いま真っ盛りだ。では、その次はなんだろう。

検索サイトの方針変更の一つで、すべてが崩れ去るアフィリエイト。その危険性を身近に感じている人たちは、次にいくべき先を必死に探しているはずだ。

そんなときは、複業で模索すると良い。視野が広がるし、自分の適正を試すことが出来る。いろいろ試してみると、思わぬ発見があるものだ。

私はライターでは食べていけなくて、会社を作った。その後サラリーマンにもなった。一人で仕事をしていくほうが、性格的には向いていると思っているが、サラリーマンとしても、まあまあ自分としては、うまくできたと思う。

これしかないと、あまり決めつけないほうが良い。いろいろ試してみると、思わぬことで自分の知らなかった自分に出会えることがある。そんな知らない自分を引き出してくれたのが複業だ。

 

複業のすすめ: パラレルキャリアを生きるポートフォリオワーカーの世界

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