軽井沢大賀ホール

    軽井沢の駅から歩いて数分のところに、矢ケ崎公園がある。その北側の一角に立つのが、大賀ホールだ。大賀ホールはソニーの会長を退任した大賀典雄さんが退職金を軽井沢町に寄付して建てられた。

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   大賀さんは異色の経営者として有名だった。音楽家としてベルリンに渡り、歌手として学んだ後、ソニーに入社された。

  当時、音楽教育に関する公益法人で事務所長をしていた私は、記念イベントの企画を考えていた。日本経済新聞の「私の履歴書」を読みながら、ぜひ大賀さんにオーケストラの指揮をしていただきたいと思った。

   周りの人たちに声をかけて、大賀さんを紹介してほしいと言い回っていたら、ある日電話が入った。幼児開発協会事務局長のBさんからだった。幼児開発協会は、ソニー創立者である井深大さんが設立した財団法人だ。早期教育の重要性を唱え、井深さん自身「幼稚園では遅すぎる」など、幼児教育についての本を数多く出版されていた。

   井深さんは私のいた公益法人の理事をされていたことがあり、幼児開発協会とはもともとご縁があった。その事務局長のBさんがソニー音楽財団の専務理事Oさんをご紹介してくださったのだ。

   紹介して下さることになったとはいえ、世界的な大企業であるソニーの会長である。そう簡単に時間をとっていただくことはできない。しかし、ある日、Oさんから電話をいただき、30分だけお会いいただけることとなった。

   当時御殿山にあった、三角形の形をした敷地に建てられたソニーの本社ビルに向かい、ロビー脇にあった忍者屋敷の回転扉のようなところを抜けると、役員専用の会議室が並んでいた。その中の一つに案内されると、ブルーを基調とした絵画が並んでいた。ふすま二枚ほどの大きさのブルーの作品が四面全ての壁を覆い尽くしていた。海の中をゆらゆらと泳いでいるようだ。

カラヤン夫人の作品です」

  Oさんが説明してくれた。

   カラヤンは指揮者としてあまりにも有名だが、大賀さんがCDを開発するときにも、影で協力をしてくれた方だ。そのカラヤンは大賀さんがザルツブルグカラヤン邸を訪問しているときに倒れ、帰らぬ人となった。

   海中にいるような気分になった私は、どこか俗世を超越したような気分で、大賀さんに記念式典でのオーケストラの指揮をお願いしたいと熱弁した。Oさんからの強い後押しもあり、願いは叶った。日本武道館天皇皇后両陛下、高円宮妃殿下をお迎えしたコンサートで指揮をしていただくことができた。

   Oさんはその後、大賀ホールの理事となられた。建設中にホール内をご案内いただいたことがある。大賀ホールはベルリンフィルのホールと同じ五角形をしている。四角いホールと異なり、微妙に音に差異が生まれ、よく響くようになるそうだ。たまたまの偶然だが、ホールの音響装置はバイオリン教室で仲良しのお父さんが設置したと後日聞いた。

   軽井沢へ行くと駅前通りは通らず、矢ケ崎公園の北側の道から大賀ホールの前を通る。向かう先はいつも南口にあるアウトレットだが、ホールの前を南北に走る大賀通りを通りながら、いつも大賀さんのことを思い出す。

   「昆布のおにぎりがあれば満足なのよ」と、奥様が武道館の控え室でおっしゃっていた。これまた偶然だが、奥様のみどりさんは附属小学校の先輩だった。大賀ホール建設は奥様の提案と聞く。そんな先輩を素敵と思う。

www.ohgahall.or.jp