有栖川豪の日記 Just do it !

よく考えたあとは、やってみよう、うごいてみよう

クールジャパンではなくスルージャパン

 海外からの旅行客が増えて、都心では旅行者があふれている。日本の魅力に気付いた外国人が日本を訪れるようになった。そう語られることが多い。テレビ番組を見ても、なぜ日本に来たのですか、といったことを追及し、日本の良さを再認識しようとする番組が、やたらと制作されて、放送されている。

 海外へ出かけると気づくのだが、買いたいと思うものがない。以前と比べて高く感じるのだ。グローバリズムの広がりによって、モノやサービスの内外価格差がなくなってきた、とも言えるが、はっきり言うと、実態としての日本円が弱くなってきている、ということだと思う。

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 以前は、日本へ行きたいと思っても、為替レートで日本円がやたらと強く、他国の人から見れば、割高な為替レートで円に換えてまで、日本でお金を使おうとは思わなかった。ところが。相対的に日本の円が弱くなってきたので、ここ数年海外から旅行者が大勢来てくれるようになった、というのが現実ではないか。その典型的な現象が中国からの旅行者の増加だ。

 東京オリンピックを前にして、日本の不動産価格や株価は、日本銀行が買い支えているので、あたかも好景気のような雰囲気が、株式や不動産に投資している人たちの間からは漏れ伝わってくる。実際に、資産が増えている人たちにとっては、実感が伴うものなのだろう。しかし、そこから切り離されて生きている人たちにとっては、何も実感が伴わない、バブルエコノミーの再来なのだと思う。

 ここのところ、外資系企業のアジア本社は、たいていの場合、シンガポールと決まっている。日本企業で働く人は、本社そのものが東京なのであまり感じていないことだと思うが、グローバルな視点で見れば、いまや東京はアジアの一拠点でしかない。これを象徴するのが平均年収で、シンガポールの平均年収は日本とほぼ同じで、抜かれるのは時間の問題とされている。

 某企業のアジア地区のリージョンヘッドは、シンガポールは暑くて湿気がたまらないと言って、普段は家族とオーストラリアに住み、短期出張でアジア各国を一、二週間ごとに渡り歩き、さぞかしマイレージがたまっているはずと、陰口をたたかれている。麻布あたりの高級賃貸マンションよりも相当立派なプール付の住宅が、安く借りられるのだから、わざわざ東京に住んで、アジア各国を移動しようとは思わないのだろう。

 地域本部の幹部の人たちの給与は当然高いが、そこで働く人たちの給与もそれに合わせて引き上げられていく。シンガポールの平均給与が日本よりも高くなるのも致し方ないのかもしれない。

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 何よりもたまらないのが、日本の扱いだ。アジア諸国の中で日本の発言力がどうしても低下する。予算や情報がシンガポールに握られていると、日本は彼らにお伺いを立てるしかない。財務省と他省庁との構図にも似ている。おまけに、本社からの重点投資先は発展著しい中国となっているため、どうしても中国が優先される。実際、マーケット規模も今後の成長性も明らかに中国市場のほうが大きいから、日本の相対的な立ち位置はどうしても下位になる。

 日本を賛美するテレビ番組が増えているのは、そんな日本の現状を忘れるための憂さ晴らしとは思わないけれども、どこか自信を失っている日本人が自分たちの良いところを他国の人に褒めてもらいたくて仕方がない気分を反映しているようにも見える。

 政府はクールジャパンといって盛り上げようとしてきたとは思うが、実態としては明らかにスルージャパンが進行している。

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二時間の会議が人口減少化社会を生み出している

 

 ご近所同士で暮らしていながら、生きている世界はまるで違う。そんなことはままある。それを手っ取り早く実感できるのが、違う文化の国へ行く海外旅行をすることだが、そもそも違うものを味わうために訪問するから、心も体も予めその備えはできている。

 例えば、日本からアジア諸国へ旅すると、道路事情や街並みなど、社会インフラの未整備が目につき、日本を豊かな国と感じることが多いだろう。とはいえ、昨今の中国、シンガポールなどの国々の場合には、逆に日本の老朽化したインフラへの対策の遅れを身につまされることも多く、もはや日本の時代が過ぎ去ったことを身をもって感じることのほうが多いかもしれない。

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 しかし、同じ国、同じ町、同じ家に住みながらも、職場を変えると、海外旅行と同じ気分が味わえる。

 終身雇用でひとつ所で長年働き続ける人は、そのようなことを感じる機会は少ないだろうから、それぞれの村から出たことのない人のように、村の論理が世界中どこでも共通だと錯覚してしまいがちだ。しかし、川一つ隔てた村の掟は、少し違うものであり、山ひとつ向こうに飛び出せば、そこには延々と広がる広大な未開拓地が広がっているのかもしれない。そしてそのような場所には、進取の気風を備えた、自ら未知の領域へと突き進む若者が多く集まっているかもしれず、老人たちが肩寄せあって助け合い暮らしている谷間の村々とは、気風が違ってくることは当然のことと言える。

 私が一時身を寄せていた、BMWという街は、効率性を念頭に置かれ考えられていて、町内会議は基本的に三十分。長くても一時間。二時間以上の会議は事前準備ができていないことの表れだから、そもそも開催を認めない、ということになっていた。会議といっても、会議室に集まるのはごくまれで、通常は自分のデスクでスカイプを使って行う。アウトルックで会議時間を指定して、リンクを貼って参加者に送れば、各自それぞれのデスクから、会議に参加できる。そもそも会議参加者は同じビルにいるとは限らず、たいていの場合、時間帯で分かれている地域本部を中心に、関係国の社員が参加して行われる。例えば、アジア地域のヘッドはシンガポールになるが、そこが管轄するアジアパシフィックの関係者は、みな時差三時間内の地域にいるので、時差の問題もなく会議ができるということになる。時給五千円の社員を十人集めて一時間拘束すれば、人件費だけで五万円。二時間で十万円になる。開催者は、その会議は五万円分の価値があるのだねと問われる。

 ドイツ本社で決めたことをシンガポールから伝えてくるセミナーであれば、それぞれ自分のデスクで自分の仕事をしながらそれを聞く。従って、そのようなセミナーであれば事前の資料作りが最重要で、資料がしっかりとできていさえすれば、あとは簡単な質疑応答で済むので、そもそもそれほど説明に割く時間がかからないということになる。

 そうした社会に身を置いた後では、日本の各地に残る伝統的な企業で、相変わらず二時間近くだらだらと何も決めない会議という名のおしゃべりを続けている企業が多いことに驚き、また唖然とする。それをブレストとカタカナにすることによって価値あるもののように見せている大手広告代理店だが、実はそんなことには意味がない。外資コンサルティング会社はわかっているので、日本企業のだらだら会議の間隙を縫って、広告業にも果敢に進出している。テレビの広告枠を独占的に買い占めて、儲けていた会社が、付加価値競争のために、一生懸命に頭を使うふりをしていたのが、ブレストという名のまやかしだ。いかに商品を売るかという視点に立った時、テレビの広告だけでは人々を振り向かせることはできないいま、広告業界も効率性が求められるようになるだろう。

 結局仕事だけしていればよいなんて考えられるのは、社会に責任を持っていない立場のサラリーマンだけだ。家族がいれば家族のために家の中で働かなければならないし、子供たちが通う学校のために、何かをしなければならない。子供がサッカーチームに参加していれば、その手伝いが必要だし、消防団に参加していれば、街を守るために、休みの日には消防訓練をしなければならない。

 自分を雇う会社のためだけに働こうとする人間が、地域社会に居場所がなくなるのは自然の摂理だ。そのようなひとたちは、仕事以外にすることがなく、結局、自己満足の遊びに行くか、自己満足を満たすために仕事をすることになる。当然仕事だけをしていれば会社の中では中心人物となる。そして、気が付けば管理職は独身者だらけということになる。不幸なことに、結婚し子供がいて地域社会に責任を持つ人たちとの関わりが出来ないので、子供のいる人たちがどれほどの関わりを地域でこなしているかが、わからない。つまりそんな管理職は五時に帰る人を理解できない。

 大企業であれば年功序列といった、よいのか悪いのかよくわからない秩序があるので、そのような弊害は表には表れにくいが、外資系企業ともなると、独身者がやたらと管理職者に多い傾向が、このような背景からはっきりとしている。これは独身者を非難しているわけではなく、このような社会構造は少子高齢化を進めるだけで社会全体の幸福感を高めることにはつながらないので、改めるべきだということだ。つまり、二時間の会議が少子高齢化社会を招いている。

 日本の企業経営者が慈善活動に積極的に参加しているという話を聞いたことがない。これは生まれ育った精神的環境が貧しかったからだろう。高価な時計をしたり、かっこいい車に乗っていたり、有名人を奥さんにしている経営者の話をよく聞くが、あまり心惹かれるものがない。この人素敵だな、と思える、杉良太郎のような企業経営者にいつか会ってみたい。

 

複業のすすめ: パラレルキャリアを生きるポートフォリオワーカーの世界

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amzn.to

 

格差の拡大

    日本の社会階層が固定化しつつあるように思います。ダイバーシティーという言葉をメディアでよく目にする昨今ですが、現実の社会ではその逆の動きも目立つように思います。言うまでもなく、多様性はその社会が生き残って行くための戦略で、選択の幅を広く維持することによって未来に備えるという効果があります。

 同じ種類、傾向の人々が集まると、居心地は良くなるかもしれませんが、触発される動きが鈍くなります。お互い刺激しあって、新しいものが生まれると考えれば、摩擦の原因となるものを意識的に作っていくことが、重要になってきます。

 ところが、成行きに任せておくと、気の合うものだけで固まるようになります。中には、そこから抜け出し、新しいフロンティアを作って行こうという人たちも出て来ますが、一般的に日本ではそのような種類の人たちは少数派です。 

   地域による格差、教育における格差が問題となっています。それぞれの地域、集団、グループの間で、融合する動きが生じれば良いのですが、実態は離れていくばかり。毎晩夜遅くまで塾に通う子供達と、食事も満足に取れない子供達が、私立と公立の学校へと分かれ、同じ学校へ通うことも無くなっているようです。

   人は住む場所の影響を強く受けます。かつては、公立の学校へ行けば、その地域に住む様々な家庭の子どもたちが集まりました。ところが、住む地域によって、格差が生じてくると、その格差から、同質な世界を求めて外の世界へと、移り住む人たちが出てきます。

   地域によって、住人の雰囲気は似たものとなり、画一化した世界に近づきます。でも、それこそが自然の摂理かもしれないと、最近思うのです。

   振り子の原理で、ある一方に振れることによって、格差が最大限にまで広がり、やがて革命が起き、旧勢力が蹴散らされる。世界中で幾度となく至る所で繰り返されてきました。

   そうした意味では、日本の振り子の振れ幅は、まだ足りないのかもしれません。平民が武士に取って代わったように、今の子供達が老人になる頃には、AIが世界を管理する、まるで違った世界が出現しているかもしれません。格差社会はその準備段階と考えると、未来が少し寒々しいものに思えてきます。

国立大学附属小学校への道

国立大学附属小学校への道

 

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エルメス 彼女と

    エルメスのイベントに参加しました。国立新美術館で、映画のエキストラになった気分を味わうもの。

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    会場は美術館ですが、よく考えてもみれば、同じことは、どこでもできます。ただ、国立新美術館で開催することで、無意識のうちに芸術的であるかのような錯覚に陥る効果があります。ブランドの展開するそのイメージを等身大に疑似体験させるというものだと思いますが、暑い中地下鉄に乗り、会場に集まり、目の前でモデルさんたちが動いてくれるので、参加者には強く印象に残ったことと思います。

    ブランドの価値とはいったいどのようなものなのでしょう。私たちが求めるものは、機能的な必要性だけではありません。それ以上に、他から抜きん出たものに惹かれ、憧れます。そして、周りからそのように判断されるものを持つことによって、自らをそのブランドに一体化したような気分に浸ります。

    ある人は多くの人が羨む高額なブランドを身につけます。そのブランドの持つイメージを自分自身と重ねることで、そのブランドを消費します。

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    機能的にはユニクロの方が優っているかもしれないとしても、ユニクロにまつわる安価で大量生産された、誰にでも簡単に手に入るものを持つ人である、というイメージと自身が重なることを恐れます。その他大勢に埋没することの心地よさと、居心地の悪さは表裏一体です。

   完全なる孤独を求めると、その人は芸術家となります。そこまでは求めない、少し人と違い、またそれは人から賞賛される方向でなくてはならない。少し斜め上が、心地よさを生むのです。

    普段考えないことを考えることが出来た、という意味で、美術館を会場にしたことの意味があったと思いました。

 

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麻布の生活

麻布の生活

 

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不動産バブルからの脱出

   二年前に八年住んだ港区のマンションの一室を手放した。リーマンショックの直後に購入した自宅が、予想通り価格上昇し、そろそろ利益確定の時期と判断したからだ。

   購入したのはリーマンショックの直後だが、港区は当時も高かった。築十年以内で一平米百万円。つまり、築十年以内で五十平米五千万円を目安に探していたが、そのような物件はほとんど無かった。リーマンショックの影響で解雇された外資系企業社員の住んでいた物件が安く出てはいたが、それでも平米百万円を切る物件は、無かった。

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   住宅ローンを組んで買うと、売却時にローンの一括返済が求められる。住宅を販売する企業の利益程度、つまり二、三割の頭金を出さないと、かつてはローンが組めなかった。しかし、いまでは全額ローンが可能になっている。従って、購入直後、転勤などの理由で売却したいと考えても、ローンの残債以上の値段で買い手が現れなければ、持ち出しになってしまうため売れない。

   不動産価格が上昇しているときは良いが、下がっているときはこれが足かせになる。私が購入した後も、二年くらいはリーマンショックの後遺症が残り、港区のマンションの価格は下がり続けた。私は頭金はわずかで、ほとんど全額ローンで購入したため、もしも支払いができなくなれば、自己破産という可能性もあった。しかし、その後不動産市況は持ち直し、今に至り、バブル期以来の高値が続いている。

   ここで所有者の心理を考えてみると面白い。例えば、不動産価格の上昇が続いている時。今ならいくらで売れるか。手数料を引いていくら残るか。自宅周辺の相場はどれほどか。頭から離れることはない。

   実際に引越しとなれば、子どもの学校、通勤ルート、親の家との距離、など様々な要因が絡んでくる。しかし、売れたらどうかと算段し、バラ色の未来を思い描いてしまう。

    一方で、下降局面に入った場合、どこまで下がるかわからず、売るか住み続けるか、不安な毎日が続く。頭金をある程度積んでおけば、損切り覚悟で途中で売るということもできる。しかし、たいていの場合は、そのまま住み続けることになる。引越したところで、家賃は払わなければならないからだ。

  ここで問題が起きる。かつては定年を目処にローンの残債を払い切ることが常識だったが、最近は八十近くまでローンを払うプランで購入するケースがある。家庭によって諸事情様々だが、親の相続財産をあてにするケース。退職金での繰り上げ返済をあてにするケース。なんとかなると考えるケース。

   夫婦共働きで子供一人。保育園に預けてから勤務先へ向かうとなれば、職住接近で、都心のタワーマンションに住むという選択は、誠に合理的だ。そして、住み替えていく。どうせ数年で住み替えるのだから、ローンは八十まででも良い。八十までのローンなので、七千万するタワーマンションでも購入できる。それを考え実行する人が少数なら上手くいく。でも、皆が同じようなことを考え、購入していたとすれば、恐ろしいことが起きる。

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   メディアにはうまく住み替えていく人たちが、モデルケースとして紹介されているが、たいていの場合、夫婦二人だけのディンクスか、せいぜい子供が産まれたばかりの、若々しい夫婦だ。子供の学校などの問題が出てくると、そう簡単に家を替えることはできない。

   今や単身世帯と小家族世帯が主流を占める中で、そのような人たちは都心部に集まり、子供が多くいる世帯は今まで通り郊外の家に住む。

   高くなったものは安くなる。次の循環が始まる時、都心部と郊外に住み分かれた、大家族と小家族の明暗がどのように分かれていくのか。注目している。

麻布の生活

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さあ家を買おう: 都心の家と郊外の家 どちらを買う?

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ライフプランニング 初級編

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amzn.to

アマゾンプライムリーディングで古典を読む


   アマゾンプライムの会員になっている。会費は年間三千九百円。月三百円程だが、思いもかけないサービスが色々とついてくる。当初の目的は、購入商品の無料搬送だが、いまではそんなことよりも、むしろエンターテイメントを楽しむことで元が取れているように思う。

   例えば、プライムビデオ。ビデオ屋さんに行く事がなくなった。よほど特殊な映画でもない限り、見たいものが見つかる。年会費だけで見ることができる。

  それから、プライムミュージック。アマゾンに限らず、スポティファイなどのサービスも含めて考えれば、CDを棚から出してきて音楽を聴く、という行為自体が、遠い昔のかすかな記憶の先にある。我が家では思い切って、本当に大切な保管したいCDを除いて、全てブックオフに引き取ってもらった。

   何より重宝しているのがプライムリーディング。電子書籍の販売だが、アマゾンプライムの会員はプライム会員専用のページから無料ダウンロードできる。似た仕組みでアンリミテッドという、月々九百八十円で読み放題というサービスもあるが、こちらに比べると対象となる本は少々少ない。しかし、すべてを読みつくそうと思えば、それは無理なほどの書籍が並んでいる。   

   塵も積もれば山となることを象徴しているのが本だ。一冊一センチほどの幅しかない文庫本でも、知らないうちに、いくつもの棚を埋め尽くすことになる。しかし、電子書籍なら、場所の問題を気にすることもない。好きなだけサーバーの中に保存ができる。ただ、ダウンロードできる端末の数には限りがあり、手持ちのデバイスの数をよく考えないで落としていくと、上限をオーバーして読みたいときに読めなくなる。

 プライムリーディングに並ぶ書籍のジャンルは準新刊から古典まで様々だ。そんなわけで、最近古典にはまっている。なんとなく書籍名は知っていても、昔の本なんて内容も古臭いと考えがちだが、そうでもない。どちらかと言えば新刊本ばかりに手を出してきたが、プライムリーディングのおかげで、古典を読んでみようと考えるようになった。

 今日はプラトンの書いた、ソクラテスの弁明、を読んだ。

   プラトンソクラテスの弟子だが、ソクラテスの裁判を、傍聴していたプラトンが裁判の様子を再現する、といった手法で記述されている。

   高校の倫理社会の授業でも最初に扱われる内容なので、話の経緯は知っている。しかし、改めてプラトンが書いたとされるストーリーを追っていくと、現代と当時との意識の違いがはっきりとわかる。そして、その違いを超えて、普遍的に読みつがれてきたわけも見えてくる。

 先日は、サンテグジュペリの人間の大地。星の王子さま、のイメージしかなかったが、飛行機が生まれて間もない頃、初期のパイロットがどのような心境で空を飛んでいたか、繊細な描写で読み手の心に入り込んでくる。日本航空パイロットの友人にぜひ読んでもらいたいと思った。

 寺田寅彦軽井沢も良かった。かつての軽井沢鄙びた趣のある情景が印象に残る。動画では伝えられない、場の空気は、やはり文字でしか伝えられない。

 古典には年月を超えて読みつがれてきたわけがある。その理由を発見することが、古典を読み解くことの一つの楽しみになっていると気づいた。

 二千年以上前のギリシャの哲人の書いた本が日本語に翻訳された上、無料で読めるのだから、素晴らしい。アマゾンプライムリーディングは、手のひらにある移動図書館

 

 

 

 

 

スマホのない生活

   最近スマホのない生活に憧れている。もちろんそれが難しいほどスマホは私たちの生活に入り込んでいる。スマホのない生活。例えば、朝ジョギングしている時は、スマホを持たない。以前はスマホで走った距離を計測していたので、ポケットの中で、邪魔だなと思いながらも身につけていた。

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   これがアップルウォッチを手に入れてからは、持たなくなった。GPSが内蔵されているので、距離も時間も走ったルートも記録されている。

   平日は近所を回るだけだが、休日は少し足を延ばす。LTEタイプではないので、電波が必要な機能は使用できないが、コンビニでポカリスエットを買うことはできる。スイカなどは電波で繋げなくても使えるのだ。これがLTEタイプだと、電話もできるし、音楽を聴くこともできる。ただし、バッテリーがまだ弱いので、せいぜい二、三時間。でも、走っている間と考えれば十分だ。

   しかし、私は結局LTEタイプではなく、GPSのみのタイプにした。結局のところ、スマホなしでは不便で、アップルウォッチだけ着けて出かけるのは、走って回れる範囲のことだからだ。

   アップルウォッチには一度繋がったワイファイと再接続する機能が付いている。一度試しにGlocalMeとアップルウォッチだけを持って買い物に出かけてみた。あっさりとスマホなしで、フェイスタイムで自宅と連絡が取れた。同期していれば、家のアイパッドでも同じことができる。同じ仕組みだ。

   海外へ出かけた時に、ワイファイを持たないと、スマホのない生活が一瞬訪れる。結局のところ、スマホはネットに繋がっていなければあまり大した意味を持たないデバイスだ。スマホのない時間は、脳が動いていることを実感できる。ネットに繋がらなくても、自分の頭で考えて、感を働かせれば良いのだが、今やスマホなしで外国に行くことなど考えられない。実際に、バスの予約から、飛行機のチェックインまで、スマホがないとどうにもならないことが多々ある。

   先日行ったプラハでも、スマホのおかげで空港の長蛇の列に並ばずに事前チェックインができたし、郊外へ出かけるためのバスの予約が、前日現地に入ってから、その翌日の便が座席指定も含めて、できた。

  スマホは今や、地図であり、本であり、ラジオ、音楽プレーヤー、カメラ、ビデオカメラ、映画館、歩数計、電話、PC、クレジットカード、ATM、財布、定期券、スイカなどなど、上げていくときりがないほどの機能が詰まっている。

   結局無理なのかな。スマホのなかった時代の感覚がもう思い出せない。

 

 

 

Glocal Me

世界各地で使えるWifi  Glocal Me


   先日プラハへ行く前に、Glocal Meというサービスに加入した。これは世界各国でSIMの差し替えなしに使用できる無線Wifiのサービスだ。

   Wifi本体の大きさはiPhone5を少し薄く縦に延ばしたような程度で、重さはiPhone5とほぼ同じくらい。日本国内では、iPhoneなどのスマホにドコモ、AUソフトバンクやOCNなどのSIMを入れて使用しているが、海外でそのまま使用すると、高額な請求が降ってくる。そこで、世界各地で使用できるSIMを訪問先に合わせて購入する、というのが今までの一般的な使用方法だろう。

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  ところが、このGlocal MeのSIMは、Wifi本体には入っていない。管理会社のサーバー側に持たせてあり、各地の電波に合わせて切り替えができるという、逆転の発想で管理されている。従って、飛行機で新しい国に到着するたびにSIMを入れ替えるといった面倒な作業が必要ない。空港へ到着したら、電源を入れて、その国の電波を掴むのを待てば、あとは日本にいるのと変わらずに同じスマホが使用できる。


   今まで数度、機内モードのまま海外で使用したことはあったが、高額なパケット代の請求が来ないかと、帰国後しばらくはドキドキしていたものだ。しかし、このGlocal Meがあれば、これからは何も心配する必要がない。

   おまけに、通信料が安い。日本国内でも普通のWifiとして使用できるが、一ヶ月三ギガでわずか十USドルだ。世界中どこでも使用できるプランでも、一年一ギガで三十六ドル。香港の会社なので、消費税もかからない。


   今後、さまざまな分野で国境を越えたサービスが普及してくると、日本の航空料金が世界水準にまで大幅に安くなったように、通信の世界も大幅に料金がダウンするようになると思う。

   結局のところ、グローバリズムの波はあらゆる分野にまで広まり、そこで勝つ人は、標準化するまでの間に、国と国との間に存在するあらゆるギャップをネタにして、儲けていくのだと思う。


   NTTの有線電話はもはや風前の灯だ。アフリカでは、有線電話が普及せずに、無線基地を作るだけで使える携帯電話が一気に普及したそうだ。

   中国もガソリンエンジンの車は作らず、電気自動車の分野に進出しようとしている。新聞も紙に印刷する時代は終わるだろう。テレビも各県にローカル局を置いてネットワークをつくる時代は去った。ラジオは既にインターネットをラジコで聴く時代に入っている。ローカルラジオ局は面白い番組が出来れば、既に世界中の人に聞いてもらうことができる状況だ。

   既得権益を持つ産業がどのように抵抗してみたところで、波にさらわれる砂上の楼閣のように、数度の波を被れば、やがて砂浜に還っていく。しかし、日本はその砂上の楼閣に、コンクリートを混ぜて、堅固にしようとするところがある。

  ガラパゴス携帯とはよく言ったものだ。民泊ビジネスは官民挙げて潰してしまった。ウーバーも今のところケイタリングしか出来ないらしい。

    日本はやがて百年もすれば、独自の進化を遂げた珍しい文化形態を持つ国として、観光客が訪れるようになるのかもしれない。かつての社会主義国のような、あるいは管理の行き届いたアニメコスプレの聖地として、人々の中に記憶されるのだろう。

 

 

 

 

 

テーマパークの国 北朝鮮: 平壌の青空の下 自由とは何かを考えた

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天津旅行記: 天津ミニガイド 旅の前にちょっとひと読み

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フジロックにボブデュラン


resort.seibupros.jp

    今年のフジロックフェスティバルにボブデュランが来るそうです。今日、西武ヴィラの管理組合から案内が届いて知りました。

    スキーシーズンは人で溢れる苗場ですが、それ以外は実に静かなもの。ただし、毎年夏に開催されるフジロックフェスティバルの時だけは様子が一変します。

    リゾートマンションの駐車場が全てフジロック参加者のくるまで埋まります。なので、フジロックを見に来る住人以外は、この期間、苗場には近寄らないようにします。

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    夏と冬のリゾートシーズンの前になると、西武不動産から案内が届きます。スキー場やプリンスホテル関連施設の割引券や新しい情報を載せたパンフレットなど。こうした別荘を持つことによって、そこで生活を味わうことによってのみ体験できる、毎年のルーティンな出来事は、実際に別荘を持って使ってみないと、なかなかわからないものです。

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    今では車よりも安い値段で買えるリゾートマンション。温暖化の進む中、数十年後には涼しい夏を過ごすことのできる、貴重な高原リゾートとして、経済発展著しい一年中灼熱の続く東南アジア諸国から、涼を求めて、大勢のオーナーが詰めかけるようになるのではないかと、想像しています。

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別荘を買って気づいた大切なこと

別荘を買って気づいた大切なこと

 

 

www.fujirockfestival.com

ワールドカップが終わり、四半世紀前のJリーグ創設を振り返る

 フランスが優勝して、ワールドカップが閉幕した。日本がベスト十六にまで勝ち上がり、毎晩テレビの前に釘付けになった。前評判はとても悪く、直前に監督が変わったこともあり、あまり期待もしていなかった。おまけに、対戦相手がどこも格上ばかりのチーム。全戦全敗になるのではないかとさえ思っていた。しかし、結果は素晴らしいものだった。ほとんどの人が無理と考えていた予選突破。そして予想もしていなかった、ベスト十六。想像以上の結果をもたらした。

 日本代表チームは、今では当たり前のようにワールドカップに出場しているが、四半世紀前には、プロサッカーリーグ自体が日本に存在していなかった。生まれたときからプロサッカーリーグのあった世代の選手が中心となっている中で、少しだけ当時の状況を思い出してみたいと思う。


 その頃、私はまだ二十代で、新しい衛星放送局の番組制作担当者として働いていた。衛星放送といえば、日本放送協会WOWOWしかない時代だ。まだ、インターネットが普及する前の時代で、次の時代のメディアとして、総合商社各社が新しい衛星放送局を始めようとしていた。

 ちょうど同じ頃、プロサッカーリーグ設立の話が浮上していた。日本のプロスポーツと言えば、野球、ゴルフ、競輪以外には、ほとんど思い浮かばない頃のお話だ。日本テレビの午後七時から午後九時はたいていの場合、ジャイアンツの試合が放送されていた。

 プロサッカーリーグを設立すると言っても、Jリーグに対して協力的なテレビ局は一社もなかった。確実に視聴率の取れるジャイアンツの放映権が欲しいということもあり、読売グループに背を向けて、進んでサッカーの試合を放送するキー局はなかった。

 Jリーグと似た立場にあったのが、商社系の衛星放送局だ。放送するコンテンツを集めようにも、めぼしいものは大手のキー局がその資金力で根こそぎ買い込んでいく。海外の放送局から購入した放送権のあるもので番組編成枠を埋めながら、目玉となる番組を時々流す、ということが、中心だった。このスタイルは、四半世紀後の今でも続いている。

 Jリーグは初め電通に協力を依頼したが、キー局の広告枠を広く押さえていた電通は、これを一蹴した。代わりに受けたのが、博報堂だ。関係者会議で「今に見ていろよ」と誓いあったものだ。なので、日本代表の試合が、全番組の視聴率の中でトップになると、本当に嬉しい。一方、巨人戦も含めて、プロ野球の試合は、ついに地上波では、どの局も放送しなくなってしまった。これはこれで寂しいことだが。

 このようにして、紆余曲折はあったが、Jリーグ博報堂CS放送の協力体制が決まり、開幕に向けての準備が進んだ。

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 私のいた局は、伊藤忠商事の衛星を使用しており、社長も伊藤忠からの出向者だった。しかし、番組の製作者は、NHK出身者で固められていた。日本放送協会公益法人ではあるが、当時から経営の多角化に乗り出していた。株式会社を設立して、番組制作会社を設立したり、有力なコンテンツの二次利用ができる、他チャンネル放送の機会を自ら探し、創出していた。

 実際、総合商社にいた人が、すぐに番組を作ることができるかと言えば、それは無理な話なので、番組制作面に関しては、完全にNHKの関連会社のような存在だった。

 Jリーグは九十三年に開幕した。私のいた局は開幕全試合を放送した。初戦は国立競技場で読売ヴェルディ対日産マリノスJリーグは地域に根ざしたスポーツクラブとして発展することを目指していたため、各本拠地の地名をチーム名につけることを求めていた。しかし、開幕直後はそのようなわけには行かなかった。まだ、Jリーグの力よりもスポンサーの力のほうが強かった。スポンサーと言っても、内実は読売グループということになる。それにしても、当時の読売グループ代表が、今もその地位にいる、ということには驚く。朝日新聞社日本経済新聞社もデジタルコンテンツの分野へ着々と進出を始めているが、読売新聞社は未だに輪転機にこだわり続けているらしい。

 チェアマンとしてJリーグ設立をリードした川淵さんの掲げた理想は、関係者を一つにした。

「日本各地に芝のグラウンドを作り、地域の子供からお年寄りまで、サッカーに限らず、みなが集うことのできるクラブを作りたい」

 関係者はその言葉に触れ、身震いしたものだ。その理想を実現するために、今もJリーグは日本各地にチームを増やし続けている。その結果が、ワールドカップの結果であって、その結果のために、Jリーグがあるのではないと、その設立の経緯からそう思う。皆さんにもぜひその事は知っていただきたい。

    いつの日か、日本中に芝のグラウンドが行き渡ったとき、日本代表がワールドカップで優勝するのではないかと、私は密やかに期待している。

CHACOあめみやのステーキ

   千駄ヶ谷の駅の改札口を出る。目の前の交差点を渡ると正面に津田塾大学。左手に東京体育館が見える。そのまま真っ直ぐに鳩森八幡神社に向かい歩くと、東京体育館とプールの切れ間から、建設中の東京オリンピックのメインスタジアムが見える。

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二年後の夏には、人でごった返して歩けなくなるであろう交差点の角には少し高級なハンバーガーショップがあり、その先、すぐのところに、このステーキのお店がある。

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   階段を降りて地下へ少し潜ったところに入口があり、階段を降りゆく姿が目の端に映ったのか、入口脇で立っていた男性がドアを引いて、中へ招き入れてくれる。

   少し土の下に潜ったところにあるその場所は、洞窟の中で密やかに人目をはばかり食する時のような、隠れ家に招き入れられたような、秘密めいた時が流れている。

   階段の途中から、中で行われている食の準備が順調であることを知らせる肉の薫りがせり上がり、私の胃袋の中をつんつんと刺激し、急激におなかがへこむ。

   中へ入り、名を告げると奥の席に案内される。一人席に着き、充満する肉を焦がす匂いの中、ひたすらおなかを撫でながら、私は社長の到着を待つ。

  ここは社長たちの密会の場所だ。隣にはIT企業の社長のような男とその部下のような二人の女が肉の仕上がりを待っている。向こうにも初老の男と若い女。しかし、私が待つのは男。男と男と男と男。するとそのうちの一人、社長がやってきた。そして広告代理店の男。投資会社の男。次々と半地下の洞穴に男たちが集まり、全部で男四人と相成った。男四人は、店の中を一回り見渡し、ため息をつく。男だけで集うのは我々だけだ。思いのほか肉食女子がこの世には多く潜んでいる。そのことが半地下に潜った、秘めやかな店の様子からわかる。

   男たち四人が頼んだのは、牛ヒレ肉二キロ。一人五百グラム。自宅でこれだけの量を食べることはまずない。私がいつも自宅で食べるのは百グラム九十八円の豚コマだ。家族五人で一キロがせいぜいだ。一キロでも九百八十円。

   このお店の牛ヒレステーキの一キロのお値段は、一万四千円。いつも一キロ九百八十円の豚コマばかりの私は、一キロ一万四千円の牛ヒレ、とだけ聞けば、吉野家で牛丼が何杯食べられるだろうと、つい考えてしまう。暗算してみれば、おおよそ三十七杯。二ヶ月分の昼食代だ。四人で割っても半月分。しかし、おそらくこのお値段は原価とそれほど変わらない。いつもビタミンbの補給を念頭に豚ヒレばかり食べる私なので、牛ヒレのスーパーでの最近の売値はよく把握していないが、百グラム千円以下ということはない。いつも牛肉売り場を素通りする時、その値札のシールに書かれたパックのお値段の桁数が、必ず四桁以上であることを覚えている。

   牛ヒレを専用のかまどで焼いて、肉汁が滴るレアな状態で提供してくれて、このお値段は実に安い。この辺りに多い、スーパー肉のハナマサでも、このような肉の塊は見たことがない。おそらくどこかの牧場の肉を格安で取り寄せているに違いない。

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   じゅうじゅうと、音をたて、鉄板の上で湯気を上げ、悶えのたうちまわる牛の肉の塊が、目の前に運ばれてきた。お店の人が目の前で四人で食べやすいように、八枚のステーキに切り分けてくれる。切れ目の中に見えるのは、まだ火の通らない生々しい肉の断面だ。焼き過ぎないように、鉄板の上で少し寝かせて、じゅうと押し付け焦げ目をつけて、自分の皿に運ぶ。

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   極限まで熱せられた鉄皿の上に、たっぷりとピューレ状におろされたにんにくを伸ばし、じゅわっとステーキを上にかぶせ置く。しばらくすると、そのにんにくが、ステーキの焦げ目全体にひろがる。そして、生醤油。数滴を垂らしたあとは、ナイフとフォークを手にし、そのステーキの端を、一口分、縦にナイフで線を入れる。フォークの刺さる、キャンドルライトに浮かび上がるその肉片は、よく焼けた面と、レアな面とが、揺らめく炎の光の中で交互に浮かび上がり、やがて私の口の中に放り込まれる。

   何ヶ月ぶりだろう。肉ジルが口の中に広がる。ほとんど生のままだが、臭みはない。サーモンを口の中で広げたようななめらかな舌触りだ。噛み切るほどの力を入れることもなく、二つ、三つ、四つと、噛むほどに口の中で細くミンチとなり、ニンニクと醤油に絡まり、やがて胃の中にストンと飲み込まれていく。

   それを何回か繰り返す間、男たちは無言だ。ときどき、うまい、と呻くため息が漏れる。ノイズキャンセリングの効いたヘッドホンを耳にかぶせているときのように、周りの音は耳に入らない。

   肉に集中し、殆どの肉片を胃に収めた後、しばらくして、誰からともなくビットコインの話になる。金儲けの話は肉を喰らう場面によく似合う。

「あれは実際のところ儲かるのかね」

   広告代理店の男が投資会社の男に聞く。

「仮想通貨そのものへの投資は投機かもしれないが、市場を作ることには十分旨味がある」

   投資会社の男は五千億の投資ファンドをこしらえ、もうすぐ準備が終わるという。

「だから、今はそのための仕組みづくりに力を入れている」

   ステーキには赤ワインがよく似合う。そして儲け話もよく似合う。月見草が富士によく似合うように。

   デザートのアイスクリームが男たちの胃袋に収まった頃、社長が口を開いた。

「明日はゴルフで朝が早いんだ」

資本金六十億の上場企業の社長に休日はない。

熱中症には気をつけろよ」

資本金三百万の会社社長は、熱中症にならないように、三連休は寝て過ごす。

「俺は菅平だ」

500000000000円を集める投資会社の男はランニングマンだ。三連休の間も、走るらしい。

熱中症にならないように、水分をよく取れよ」

今週一週間寝込んでいたという広告代理店の男は、もう食えないと、私にステーキを一枚譲ってくれた。昔からいいやつだ。

   時間はきっかり二時間。できる男は無駄な時間をダラダラと過ごさない。会計は一人一万円。ビールとワインをたらふく飲んで、サラダとデザートとコーヒーでこのお値段なら大満足だ。

   店を出て、交差点まで戻ると、どこからともなく資本金六十億の会社社長のレクサスが音もなく目の前に現れた。

   資本金三百万の会社社長の私は、普段なら大江戸線で帰るのだが、同じ方向なので、今日は資本金六十億の社長のレクサスに乗せてもらう。

   私がドアに近寄ると、運転席からドライバーさんがおりてきて、素早いテンポで後部座席のドアを引いてくれた。レクサスのドアノブは革製で手触りが良い。私も社長の端くれなので、一応ベンツに乗ってはいるが、十年以上も乗っているくるまなので、ドアノブは擦れてささくれだっている。

   一夜明け、500000000000円を集める男は、今ごろ菅平を走っている。資本金六十億の男は熱い芝の上を歩いている。広告代理店の男は暑さに参って、家で寝込んでいなければ良いが。私は昨日のステーキのひと切れひと切れを脳裏に思い浮かべながら、熱風に吹かれ、チビチビと百円の発泡酒を飲みながら、そうめんをすするのだ。

 

 

麻布の生活

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軽井沢大賀ホール

    軽井沢の駅から歩いて数分のところに、矢ケ崎公園がある。その北側の一角に立つのが、大賀ホールだ。大賀ホールはソニーの会長を退任した大賀典雄さんが退職金を軽井沢町に寄付して建てられた。

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   大賀さんは異色の経営者として有名だった。音楽家としてベルリンに渡り、歌手として学んだ後、ソニーに入社された。

  当時、音楽教育に関する公益法人で事務所長をしていた私は、記念イベントの企画を考えていた。日本経済新聞の「私の履歴書」を読みながら、ぜひ大賀さんにオーケストラの指揮をしていただきたいと思った。

   周りの人たちに声をかけて、大賀さんを紹介してほしいと言い回っていたら、ある日電話が入った。幼児開発協会事務局長のBさんからだった。幼児開発協会は、ソニー創立者である井深大さんが設立した財団法人だ。早期教育の重要性を唱え、井深さん自身「幼稚園では遅すぎる」など、幼児教育についての本を数多く出版されていた。

   井深さんは私のいた公益法人の理事をされていたことがあり、幼児開発協会とはもともとご縁があった。その事務局長のBさんがソニー音楽財団の専務理事Oさんをご紹介してくださったのだ。

   紹介して下さることになったとはいえ、世界的な大企業であるソニーの会長である。そう簡単に時間をとっていただくことはできない。しかし、ある日、Oさんから電話をいただき、30分だけお会いいただけることとなった。

   当時御殿山にあった、三角形の形をした敷地に建てられたソニーの本社ビルに向かい、ロビー脇にあった忍者屋敷の回転扉のようなところを抜けると、役員専用の会議室が並んでいた。その中の一つに案内されると、ブルーを基調とした絵画が並んでいた。ふすま二枚ほどの大きさのブルーの作品が四面全ての壁を覆い尽くしていた。海の中をゆらゆらと泳いでいるようだ。

カラヤン夫人の作品です」

  Oさんが説明してくれた。

   カラヤンは指揮者としてあまりにも有名だが、大賀さんがCDを開発するときにも、影で協力をしてくれた方だ。そのカラヤンは大賀さんがザルツブルグカラヤン邸を訪問しているときに倒れ、帰らぬ人となった。

   海中にいるような気分になった私は、どこか俗世を超越したような気分で、大賀さんに記念式典でのオーケストラの指揮をお願いしたいと熱弁した。Oさんからの強い後押しもあり、願いは叶った。日本武道館天皇皇后両陛下、高円宮妃殿下をお迎えしたコンサートで指揮をしていただくことができた。

   Oさんはその後、大賀ホールの理事となられた。建設中にホール内をご案内いただいたことがある。大賀ホールはベルリンフィルのホールと同じ五角形をしている。四角いホールと異なり、微妙に音に差異が生まれ、よく響くようになるそうだ。たまたまの偶然だが、ホールの音響装置はバイオリン教室で仲良しのお父さんが設置したと後日聞いた。

   軽井沢へ行くと駅前通りは通らず、矢ケ崎公園の北側の道から大賀ホールの前を通る。向かう先はいつも南口にあるアウトレットだが、ホールの前を南北に走る大賀通りを通りながら、いつも大賀さんのことを思い出す。

   「昆布のおにぎりがあれば満足なのよ」と、奥様が武道館の控え室でおっしゃっていた。これまた偶然だが、奥様のみどりさんは附属小学校の先輩だった。大賀ホール建設は奥様の提案と聞く。そんな先輩を素敵と思う。

 

別荘を買って気づいた大切なこと

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麻布の生活

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www.ohgahall.or.jp

練馬区ベルデ軽井沢のキャンプファイヤー


   練馬区は区の施設が充実している。特に宿泊施設がとても良い。以前住んでいた港区には、ほとんどなかった。確か二つくらいはあったと思ったが、一泊ひとり1万円以上はしたと思う。港区民はおそらく区の施設に泊まろうとは思わないのだろう。区の施設の中でも、特に重きを置かれているような雰囲気はなかった。港区はその代わりに、図書館、プール、青少年プラザなどが充実している。区営の施設を見ていると、それぞれの区が力を入れているところが何か、垣間見える。

   練馬区は、区民の休日を良くすることに力を入れていることがわかる。宿泊施設がとても充実している。部屋にもよるが一泊二食付きで一人五千円程度と安い。

    山の施設は軽井沢と武石にある。軽井沢といっても、駅で言うと、信濃追分になる。中軽井沢よりもさらに佐久寄りだ。練馬区の施設と早稲田大学の施設が仲良く並んでいるのだが、早稲田大学の方は追分セミナーハウスという。私が学生の頃からあった。練馬区の施設は、隣にあるが、ベルデ軽井沢だ。ベルデ追分とはならなかったのだろう。ネーミングは大事だ。

  もう一つの施設のある武石の地名を、知っている人は少ないと思うが、場所で言うと美ヶ原高原の直下に当たる。タケイシではなく、タケシと読む。松本から登るルートはよく知られているが、その反対側に降りてきたところだ。美ヶ原から霧ヶ峰へ抜けて行くルートの起点として使えるとても良い場所だ。

   海の施設は、千葉県の岩井と、静岡県の下田にある。下田は泊まったことがあるのだが、岩井はよく知らない。ただ、中学の先輩が長年寮長をしていたので、何度かお会いしたことがあり、そのため身近な印象はある。でも泊まったことはない。

   今回訪れたのはベルデ軽井沢。とても立派な建物で、施設だけ見ると、高原ホテルのようにしか見えない。夕食は週末の人数が多い時はバイキング。人が少ない平日などは、個別にコース料理を運んでくれる。

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   夏休み直前だったせいか、校外学習できている小学校六年生のひと学年と一緒になった。練馬駅の近くの開進なんとか小学校だ。

   校外での活動のことを、練馬区では移動教室と呼ぶ。我が家の子供達も、練馬区の学校へ通っていたことがあったので、移動教室には参加したが、山の移動教室は武石だった。武石は一般の宿泊棟は、ホテルよりも豪華だが、団体用の宿泊施設は少し質素。軽井沢は全体のグレードが高いので、団体で泊まる場合は、軽井沢の方が良いと思う。

   日曜日の夜、一般の宿泊客は私たち家族だけで、あとは小学校の貸切状態だった。そのような時は、私たちのような一般客は、小食堂に案内され、団体とは別にゆっくりと食事をとることができる。

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   食事の後、小学生のキャンプファイヤーが始まった。子供の頃に聞いたような曲が流れている。最初は照れてしまって、なかなか輪を作ろうとしない子供達。でもみんなでぐるぐると火の周りを回っているうちに、あたりも段々と暗くなってくる。暗くなった広場の中心で赤々と燃える炎はとても心落ち着く。高原の風が時折離れたところにいる私のところまで、煙と灰を運ぶが、これがまた良い。

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   オクラホマミキサーなる曲が流れ始めると、子供達の鼓動がドキドキしてくる。男の子と女の子が順番に手を繋いでステップを踏む。右、右、左、左と先生がステップを唱える。心なしかみな無言になる。ああ、こっちまでドキドキしてくる。小学生の頃、女の子の近くに行くと、恥ずかしさで胸が熱くなった。みんな40年くらいしてから、同窓会で懐かしく今日を思い返すのかな。

   人生は思い出の蓄積でできている。

   キャンプファイヤーの炎が薄くなり始めた頃、遠くの空がぴかりと光った。ごろごろと雷の音が落ちてきた。数分遅れて、空から大粒の雨。こうして今年もここで思い出が作られていく。    

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大学のお値段

 

   子供が大学へ進学することになり、かかる費用を計算してみれば、私大理系だと毎年の学費がおよそ百五十万円。新車が毎年買える。昔はここまで高くなかった。

   ここ三十年ほどはデフレと言われ、物の値段は下がり続けているはずなのに、大学の学費だけは高騰するばかり。街を見渡してみれば、かつてはバンカラ大学と言われ、ボロボロの校舎が醸し出す、ワイルドな味を売りにしていたはずの、早稲田、明治、法政といった大学は、全て最新式の高層建築に生まれ変わっている。学費が高くなるはずだ。

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   日本人全体の平均年収が下がっているのに、私立大学の教授の給与が下がっているという話は聞かない。今や希少な存在となった年功序列で終身雇用である公務員の給与水準は、銀行員を遥かに上回り、一年契約で勝負している外資投資銀行員並みと言う。公務員と民間の給与水準に限っては、自由主義経済とは言え、神の見えざる手は働かないのか。見渡してみれば、バブルの頃と同じ給与水準でいられるのは、総合商社の社員だけ。結局グローバリズムの旗を振って得をしたのは、日本人全体の極少数の富裕層。株式を大量に保有する上場会社のオーナー一族くらいのもの。

   ファイナンシャルプランナーをしていると、教育費の相談を受ける。かつて私大文系の学費は一年で百万円くらいと見積もっていたのが、今では百二十万円くらい。四年間で考えれば、四百万円で良かったものが、五百万円はかかるようになってしまった。おまけに、給与は下がり続け、かつての一般職の仕事は全て派遣社員契約社員に置き換えられてしまった。その浮いた分は、企業の内部留保として蓄えられ、またその成功報酬として取締役の高い給与に上乗せされることになった。

   平均給与が四百万円ということは、月に均せば手取り三十万円弱。家賃十万円を支払い、家族四人の生活費を二十万円でしのぐとしても、共稼ぎでなければ子供を育てることなどとても出来ない。妻がパートで働いても月八万円。子供二人の塾代を支払えば、将来に向けての貯蓄は夢のまた夢。

   そもそも会社のオーナーが社員のために高い給与を払おうなどと思うわけはないのだが、会社員としての経験しかない人に、その感覚はわからない。一生懸命働けば、給与がきっと上がると信じて、滅私奉公を心掛ける。オーナーはそれに応えるようなふりをし、心優しい経営者であるふりをする。そう思ってもらえなければ社員に給与以上の働きをしてもらえないからだ。

   増えない給与の中から工面して教育費を捻出するのだが、塾の費用は年々高騰している。開成あたりに進学する家庭の場合、塾の費用月十万円は当たり前。知り合いの夫婦は家庭教師と合わせて二十万円近くの費用を、毎月かけていた。そのおかげもあって、無事開成中学に合格。開成に進学すると同時に今度は鉄緑会という塾に通い始めるそうだ。また同じように費用がかかる。一人ならサラリーマンでも支払うことができるかもしれないが、二人、三人となれば、よほどの収入がなければ無理だろう。

    このような恵まれた環境で育った人が、官僚となり、その経験値から行政を行うとすれば、日本の未来が寒々しく思えてくる。奨学金制度を充実させると政権は唱えてはいるが、その内容を見ていると、真剣に現状を変えようという気概がほとんど見えてこない。官僚や政治家になる人の中に、奨学金を借りて進学した人があまりいないからなのだろう。

  中には塾へも行かず大学に受かる子供もいるだろう。でも塾代を支払うことのできない家庭の子供であれば、大学入学と同時に奨学金という名の教育ローンを抱える。私大理系で修士課程まで進むと、ひとり一千万円だ。早稲田や明治などの理系学部へ進学して、もしも奨学金を借りていないとすれば、その人の家庭は極めて恵まれていたということになる。開成から東大に進学しようと考えていたけれど、受からなくて早稲田に入った、ということに違いない。開成に入ることのできる経済力があれば、毎月15万円近くの学費を支払うことも可能だ。

   新聞を読んでいても、テレビを見ていても、まるで報道に現実味がない。学費に困るような家庭の人たちは、テレビ局や新聞社へは就職出来ない。あらゆる産業の中で最も給与水準の高い業界がマスコミであることは、一般的にはあまり知られていない。

   最近の若い世代はテレビを見ないそうだ。実際我が家の子供達は誰もテレビの前に集まらない。これはテレビモニターを使ってテレビを見ないということで、テレビ番組自体はウェブサイト経由で見ている。ながら見ではなく、見たいものを選択して見ている。今までのテレビの受動的な見方とは異なる、能動的な見方だ。

   そのような子供達は今どきの若者で、みな奨学金という名の教育ローンを借りている。みな私立の理系で学費だけで年間ひとり百六十万円以上かかる。少子化が進むわけだ。

カトマンズの見た夢 複雑系の国インド: インド・ネパール紀行

カトマンズの見た夢

 ある夜夢を見た私。
 導かれるようにネパールへ旅立つ。
 カトマンズ空港のインフォメーション。
 怪しい客引きに連れられホテルへ向かう。
 市内のホテルと言われて連れて行かれたところは、郊外のゲストハウス。
 市内までのあまりの道のりに愕然。
 気を取り直し宿の近くのガートへ。
 人を焼くと焼き鳥の臭いがする?
 テレビを見ながら番組の中に眩しい「白」を発見。
 眩しい白いシャツの意味を考える。
 帰りの飛行機の予約の確認がまた一騒動。
 全力を捧げ、やっとの思いで勝ち取る。
 レストランで日本人乞食の食い逃げに出くわす。
 瞳の奥に拡がる闇。
 明け方ホテルで停電。
 夕食時、再び停電。
 街が眠りから冷めるとき、私も夢から目を覚ます。
 カトマンズの見た夢。

 

 


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著者 有栖川豪
早稲田大学の入学式を香港で、卒業式をパリで迎える。
天安門事件の直前を香港で過ごし、ビロード革命の只中を激動のウィーン、パリ、ロンドンで過ごす。