大学のお値段

はじめに

   子供が大学へ進学することになり、かかる費用を計算してみれば、私大理系だと毎年の学費がおよそ百五十万円。新車が毎年買える。昔はここまで高くなかった。

   ここ三十年ほどはデフレと言われ、物の値段は下がり続けているはずなのに、大学の学費だけは高騰するばかり。街を見渡してみれば、かつてはバンカラ大学と言われ、ボロボロの校舎が醸し出す、ワイルドな味を売りにしていたはずの、早稲田、明治、法政といった大学は、全て最新式の高層建築に生まれ変わっている。学費が高くなるはずだ。

   日本人全体の平均年収が下がっているのに、私立大学の教授の給与が下がっているという話は聞かない。今や希少な存在となった年功序列で終身雇用である公務員の給与水準は、銀行員を遥かに上回り、一年契約で勝負している外資投資銀行員並みと言う。公務員と民間の給与水準に限っては、自由主義経済とは言え、神の見えざる手は働かないのか。見渡してみれば、バブルの頃と同じ給与水準でいられるのは、総合商社の社員だけ。結局グローバリズムの旗を振って得をしたのは、日本人全体の極少数の富裕層。株式を大量に保有する上場会社のオーナー一族くらいのもの。

   ファイナンシャルプランナーをしていると、教育費の相談を受ける。かつて私大文系の学費は一年で百万円くらいと見積もっていたのが、今では百二十万円くらい。四年間で考えれば、四百万円で良かったものが、五百万円はかかるようになってしまった。おまけに、給与は下がり続け、かつての一般職の仕事は全て派遣社員契約社員に置き換えられてしまった。その浮いた分は、企業の内部留保として蓄えられ、またその成功報酬として取締役の高い給与に上乗せされることになった。

   平均給与が四百万円ということは、月に均せば手取り三十万円弱。家賃十万円を支払い、家族四人の生活費を二十万円でしのぐとしても、共稼ぎでなければ子供を育てることなどとても出来ない。妻がパートで働いても月八万円。子供二人の塾代を支払えば、将来に向けての貯蓄は夢のまた夢。

   そもそも会社のオーナーが社員のために高い給与を払おうなどと思うわけはないのだが、会社員としての経験しかない人に、その感覚はわからない。一生懸命働けば、給与がきっと上がると信じて、滅私奉公を心掛ける。オーナーはそれに応えるようなふりをし、心優しい経営者であるふりをする。そう思ってもらえなければ社員に給与以上の働きをしてもらえないからだ。

   増えない給与の中から工面して教育費を捻出するのだが、塾の費用は年々高騰している。開成あたりに進学する家庭の場合、塾の費用月十万円は当たり前。知り合いの夫婦は家庭教師と合わせて二十万円近くの費用を、毎月かけていた。そのおかげもあって、無事開成中学に合格。開成に進学すると同時に今度は鉄緑会という塾に通い始めるそうだ。また同じように費用がかかる。一人ならサラリーマンでも支払うことができるかもしれないが、二人、三人となれば、よほどの収入がなければ無理だろう。

    このような恵まれた環境で育った人が、官僚となり、その経験値から行政を行うとすれば、日本の未来が寒々しく思えてくる。奨学金制度を充実させると政権は唱えてはいるが、その内容を見ていると、真剣に現状を変えようという気概がほとんど見えてこない。官僚や政治家になる人の中に、奨学金を借りて進学した人があまりいないからなのだろう。

  中には塾へも行かず大学に受かる子供もいるだろう。でも塾代を支払うことのできない家庭の子供であれば、大学入学と同時に奨学金という名の教育ローンを抱える。私大理系で修士課程までむと、ひとり一千万円だ。早稲田や明治などの理系学部へ進学して、もしも奨学金を借りていないとすれば、その人の家庭は極めて恵まれていたということになる。開成から東大に進学しようと考えていたけれど、受からなくて早稲田に入った、ということに違いない。開成に入ることのできる経済力があれば、毎月15万円近くの学費を支払うことも可能だ。

   新聞を読んでいても、テレビを見ていても、まるで報道に現実味がない。学費に困るような家庭の人たちは、テレビ局や新聞社へは就職出来ない。あらゆる産業の中で最も給与水準の高い業界がマスコミであることは、一般的にはあまり知られていない。

   最近の若い世代はテレビを見ないそうだ。実際我が家の子供達は誰もテレビの前に集まらない。これはテレビモニターを使ってテレビを見ないということで、テレビ番組自体はウェブサイト経由で見ている。ながら見ではなく、見たいものを選択して見ている。今までのテレビの受動的な見方とは異なる、能動的な見方だ。

   そのような子供達は今どきの若者で、みな奨学金を借りている。みな私立の理系で年間ひとり百五十万円以上かかる。親としてはとても心苦しい。学費くらい出してあげたい。しかし、住居費、生活費に加えてさらに三人で五百万円もの出費は無理だ。なぜこのような状況が生まれているのか、この悔しさの原因を探ってみることにした。

カトマンズの見た夢 複雑系の国インド: インド・ネパール紀行

カトマンズの見た夢

 ある夜夢を見た私。
 導かれるようにネパールへ旅立つ。
 カトマンズ空港のインフォメーション。
 怪しい客引きに連れられホテルへ向かう。
 市内のホテルと言われて連れて行かれたところは、郊外のゲストハウス。
 市内までのあまりの道のりに愕然。
 気を取り直し宿の近くのガートへ。
 人を焼くと焼き鳥の臭いがする?
 テレビを見ながら番組の中に眩しい「白」を発見。
 眩しい白いシャツの意味を考える。
 帰りの飛行機の予約の確認がまた一騒動。
 全力を捧げ、やっとの思いで勝ち取る。
 レストランで日本人乞食の食い逃げに出くわす。
 瞳の奥に拡がる闇。
 明け方ホテルで停電。
 夕食時、再び停電。
 街が眠りから冷めるとき、私も夢から目を覚ます。
 カトマンズの見た夢。

 

 


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著者 有栖川豪
早稲田大学の入学式を香港で、卒業式をパリで迎える。
天安門事件の直前を香港で過ごし、ビロード革命の只中を激動のウィーン、パリ、ロンドンで過ごす。

パパとふたりできかんしゃに乗ったよ: こどもとまなぶ

私にとって子供と過ごす時間は、なによりも楽しみな、かけがえのない時間でした。
子供とお風呂に入り、食事をし、わが子を抱いてふとんに入ると、一日の疲れは消えて無くなっていました。

子供の成長に従って、訪れる場所は変わります。
最初は、近所の公園へのお散歩。
お日さまがベビーカーによく当たるように。冬であれば寒くないか、夏であれば暑くないか。
夫婦の気持ちはその一点に向いていました。

言葉がわかるようになると、動物園や水族館。
小さな頃の自分を思い出し、それを親の視点で見られるようになります。
自分自身が食べることや、自分自身が楽しむことしか知らなかった私が、子供が喜んでいる姿を見つめることが楽しい私に変わって行く。
そして、自分の親が同じように私のことを見つめていたことに気付く。

子供と一緒に夢中で過ごしたあの頃。
その時感じていたことを、いつかわが子にも知ってほしいな。
でも、パパがこんな気持ちでいたことを知ったら、きっとびっくりするだろうな。

 

パパとふたりできかんしゃに乗ったよ: こどもとまなぶ

パパとふたりできかんしゃに乗ったよ: こどもとまなぶ

 

 

 

天津大爆発

天津を訪れたのは、化学工場で大爆発があった直後、ひと月後のことでした。
爆発の現場から天津市内までは、東京と横浜ほど離れているとどこかで読み、大丈夫だろうと考え、そのままなんの準備もなく天津へ乗り込みました。
現地へ着くと、すっかり爆発事故のことなど忘れていましたが、なんだか空の色がおかしい。
これが、かの有名はPM2.5かと思いながら空を見上げていました。
真昼で曇り空でもないのに、太陽の周りをぼんやりとした霞が覆っています。

ホテルに荷物をおいて外へ出てみれば、街の喧騒は他の中国の街と変わらず。
よし、と、気合を入れてクルマと電動バイクに気をつけながら街を歩きだすと、なんだか目が痛い。
数分で我慢ができなくなり、すぐに部屋へ戻ることにしました。
ホテルへ帰ると目の痛みは嘘のように引いてしまいます。
外へ出ると数分で目が開けていられなくなるほどの痛み。
コンタクトを外してみましたが、それでも変わりません。
仕方ないので、目をしょぼしょぼさせながら、薄目を開けて外を移動。
ビルの中に入ると、目の痛みもおさまります。
旅の始まりから、目を開けて外を歩くことの出来ない状態です。
しかし、現地の人々は変わった様子もなく、外を歩いていました。
ああ、これが日常なんだなと、思いました。

北京近郊の天津は、どちらかといえば、北京の近くにありながら、北京の影に隠れて、訪問する人の少ない街です。
しかし、それではもったいない。
実際に訪れてみると、欧米諸国が植民地化した時代の建築物が残り、第二次大戦に至る近現代史を見ていく上で、欠かせない見どころが数多くあります。

北京、西安で悠久の時の流れを感じたあとは、沿海部の街、天津でその対極にある、蹂躙され続けた時代の足跡を追ってみてください。
上海は経済発展が急激に進んだため、往時の雰囲気が雲散霧消してしまいました。
しかし、天津には、まだ租界だった時代の空気が色濃く残っています。

本書では、そんな視点を織り交ぜ、天津街歩きのポイントをまとめてみました。

旅行前、スマホにダウンロードしていただき、
天津旅行中に、お役立ていただければと思います。

 

天津旅行記: 天津ミニガイド 旅の前にちょっとひと読み

天津旅行記: 天津ミニガイド 旅の前にちょっとひと読み

 

 

 

電動自転車で都内道路の走り比べ。山手通り◎、環七△、環八❌


環八、環七、山手通りを電動自転車で走ってみました。


パパチャリだと環八の車道は恐ろしくて走れません。直線はくるくる足を回してみても、メーター読みで最高30キロが限界。下り坂でも50キロが最高速。クルマは80キロくらいで走るので、歩道をのんびりとポタリングするのが無難です。


環七は、自転車走行マークが車道に印刷されてはいますが、その上に車が止まっていて、都度車列に入らなければならず怖い思い。環七は、立体交差が多いので、246以南なら走れそう。
山手通りは、首都高が地下にできた時に地上もリニューアル。あの狭くて車でも走りにくかった山手通りが、自転車天国に変わっていました。


環七で大森海岸まで行ったあと、山手通りを品川から北上。五反田付近が工事中であと少しで完成。中目黒は昔のままで歩道も狭い。
池尻大橋から池袋までは、幅広の自転車レーンはあるし、無駄な歩行者用信号もなく、うまく考えてつくられています。心密かに感動しました。

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翌日は、バッテリーの残りを消化するために、荒川を北上。やはり、環八、環七、山手通りよりも、荒川サイクリングロードを走る方が気分が良いです。

土日で110キロ。ヤマハのビエンタは、一回の充電で110キロくらいは走れるということが判明しました。使っているのは、ほぼ上り坂とスタートダッシュだけですが。

やっぱり遠くまで走るならロードの方がスピードが出るので良いかなと思いました。(^^)

さあ家を買おう 都心の家と郊外の家 どちらを買う?

初めて買った不動産は、リゾートマンション。
現金一括払いで購入しました。
目的は子どもたちとの時間を楽しむこと。
少しは値上がりを期待していたところもありました。

しかし、相場は下がるばかり。
今では電動自転車一台と同じ値段。

結論:不動産は多くの人が欲しがるものを買う。

子どもたちも大きくなり、借りていた家も手狭となりました。

さあ家を買おう。

東京二十三区に家を買えば、価格は最低四千万円以上。
住宅ローンを組むことになります。
ローンの残債以下にならない住宅を選ぶことが絶対の条件です。

最終的に購入したのは、東京港区の麻布十番
見学した物件は百以上。
そして七年後、売却益を元手に、練馬へ引越しました。

その間、どのような変化があったのか。
家族にどのような影響があり、自身に何が起きたのか。
どんなことを考えたのか。
なぜ麻布十番に買ったのか。売ったのか。
都心がいいのか、郊外がいいのか。
ことの顛末を綴ります。
これから家を買おうと考えている、皆様のご参考となれば幸いです。 

 

次の時代の働き方とは

 P・F・ドラッカーは、長寿社会を迎えたこの時代、パラレルキャリアを築くことの重要性を唱えました。パラレルキャリアは、簡単に言えば、本業以外に「第二の仕事」つまり副業を持つ、ということです。

 日本社会では長く、副業は隠れて行うものでした。江戸時代の武士が長屋で傘張りをすることを副業とすれば、言葉に後ろめたさが残ります。

 会社員、アルバイト、ボランティアなど、様々な仕事を掛け持ちすると、同時に複数の仕事を並列的に行うことになります。すると、どれが本業でどれが副業か、自分でも断定することが難しくなります。 

 会社員であれば、会社で求められている業務を、一所懸命に行うことがまず第一です。

 しかし、大企業も子会社への出向で、全ての退職者を抱える、ということが難しくなってきました。会社員でいられる間に、第二の人生へのステップを準備してほしいということが、動機の背景として見え隠れします。

 

 P・F・ドラッカーが「明日を支配するもの」で提唱した「パラレルキャリア」。

 そして、リンダ・グラットン、アンドリュー・スコットが「ライフシフト」で提唱した「エクスプローラー」、「インディペンデント・プロデューサー」、「ポートフォリオ・ワーカー」の世界。

 

 これからの時代を生きるためのヒントを、少し早めに体験した私がまとめてみました。

 私の幾つかの失敗と成功が、これからの時代を生きる、みなさまのご参考になればと思います。

 

 

 

複業のすすめ: パラレルキャリアを生きるポートフォリオワーカーの世界

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明日を支配するもの―21世紀のマネジメント革命

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LIFE SHIFT(ライフ・シフト)

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ワーク・シフト ― 孤独と貧困から自由になる働き方の未来図〈2025〉

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