エルメス 彼女と

    エルメスのイベントに参加しました。国立新美術館で、映画のエキストラになった気分を味わうもの。

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    会場は美術館ですが、よく考えてもみれば、同じことは、どこでもできます。ただ、国立新美術館で開催することで、無意識のうちに芸術的であるかのような錯覚に陥る効果があります。ブランドの展開するそのイメージを等身大に疑似体験させるというものだと思いますが、暑い中地下鉄に乗り、会場に集まり、目の前でモデルさんたちが動いてくれるので、参加者には強く印象に残ったことと思います。

    ブランドの価値とはいったいどのようなものなのでしょう。私たちが求めるものは、機能的な必要性だけではありません。それ以上に、他から抜きん出たものに惹かれ、憧れます。そして、周りからそのように判断されるものを持つことによって、自らをそのブランドに一体化したような気分に浸ります。

    ある人は多くの人が羨む高額なブランドを身につけます。そのブランドの持つイメージを自分自身と重ねることで、そのブランドを消費します。

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    機能的にはユニクロの方が優っているかもしれないとしても、ユニクロにまつわる安価で大量生産された、誰にでも簡単に手に入るものを持つ人である、というイメージと自身が重なることを恐れます。その他大勢に埋没することの心地よさと、居心地の悪さは表裏一体です。

   完全なる孤独を求めると、その人は芸術家となります。そこまでは求めない、少し人と違い、またそれは人から賞賛される方向でなくてはならない。少し斜め上が、心地よさを生むのです。

    普段考えないことを考えることが出来た、という意味で、美術館を会場にしたことの意味があったと思いました。

 

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不動産バブルからの脱出

   二年前に八年住んだ港区のマンションの一室を手放した。リーマンショックの直後に購入した自宅が、予想通り価格上昇し、そろそろ利益確定の時期と判断したからだ。

   購入したのはリーマンショックの直後だが、港区は当時も高かった。築十年以内で一平米百万円。つまり、築十年以内で五十平米五千万円を目安に探していたが、そのような物件はほとんど無かった。リーマンショックの影響で解雇された外資系企業社員の住んでいた物件が安く出てはいたが、それでも平米百万円を切る物件は、無かった。

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   住宅ローンを組んで買うと、売却時にローンの一括返済が求められる。住宅を販売する企業の利益程度、つまり二、三割の頭金を出さないと、かつてはローンが組めなかった。しかし、いまでは全額ローンが可能になっている。従って、購入直後、転勤などの理由で売却したいと考えても、ローンの残債以上の値段で買い手が現れなければ、持ち出しになってしまうため売れない。

   不動産価格が上昇しているときは良いが、下がっているときはこれが足かせになる。私が購入した後も、二年くらいはリーマンショックの後遺症が残り、港区のマンションの価格は下がり続けた。私は頭金はわずかで、ほとんど全額ローンで購入したため、もしも支払いができなくなれば、自己破産という可能性もあった。しかし、その後不動産市況は持ち直し、今に至り、バブル期以来の高値が続いている。

   ここで所有者の心理を考えてみると面白い。例えば、不動産価格の上昇が続いている時。今ならいくらで売れるか。手数料を引いていくら残るか。自宅周辺の相場はどれほどか。頭から離れることはない。

   実際に引越しとなれば、子どもの学校、通勤ルート、親の家との距離、など様々な要因が絡んでくる。しかし、売れたらどうかと算段し、バラ色の未来を思い描いてしまう。

    一方で、下降局面に入った場合、どこまで下がるかわからず、売るか住み続けるか、不安な毎日が続く。頭金をある程度積んでおけば、損切り覚悟で途中で売るということもできる。しかし、たいていの場合は、そのまま住み続けることになる。引越したところで、家賃は払わなければならないからだ。

  ここで問題が起きる。かつては定年を目処にローンの残債を払い切ることが常識だったが、最近は八十近くまでローンを払うプランで購入するケースがある。家庭によって諸事情様々だが、親の相続財産をあてにするケース。退職金での繰り上げ返済をあてにするケース。なんとかなると考えるケース。

   夫婦共働きで子供一人。保育園に預けてから勤務先へ向かうとなれば、職住接近で、都心のタワーマンションに住むという選択は、誠に合理的だ。そして、住み替えていく。どうせ数年で住み替えるのだから、ローンは八十まででも良い。八十までのローンなので、七千万するタワーマンションでも購入できる。それを考え実行する人が少数なら上手くいく。でも、皆が同じようなことを考え、購入していたとすれば、恐ろしいことが起きる。

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   メディアにはうまく住み替えていく人たちが、モデルケースとして紹介されているが、たいていの場合、夫婦二人だけのディンクスか、せいぜい子供が産まれたばかりの、若々しい夫婦だ。子供の学校などの問題が出てくると、そう簡単に家を替えることはできない。

   今や単身世帯と小家族世帯が主流を占める中で、そのような人たちは都心部に集まり、子供が多くいる世帯は今まで通り郊外の家に住む。

   高くなったものは安くなる。次の循環が始まる時、都心部と郊外に住み分かれた、大家族と小家族の明暗がどのように分かれていくのか。注目している。

アマゾンプライムリーディングで古典を読む


   アマゾンプライムの会員になっている。会費は年間三千九百円。月三百円程だが、思いもかけないサービスが色々とついてくる。当初の目的は、購入商品の無料搬送だが、いまではそんなことよりも、むしろエンターテイメントを楽しむことで元が取れているように思う。

   例えば、プライムビデオ。ビデオ屋さんに行く事がなくなった。よほど特殊な映画でもない限り、見たいものが見つかる。年会費だけで見ることができる。

  それから、プライムミュージック。アマゾンに限らず、スポティファイなどのサービスも含めて考えれば、CDを棚から出してきて音楽を聴く、という行為自体が、遠い昔のかすかな記憶の先にある。我が家では思い切って、本当に大切な保管したいCDを除いて、全てブックオフに引き取ってもらった。

   何より重宝しているのがプライムリーディング。電子書籍の販売だが、アマゾンプライムの会員はプライム会員専用のページから無料ダウンロードできる。似た仕組みでアンリミテッドという、月々九百八十円で読み放題というサービスもあるが、こちらに比べると対象となる本は少々少ない。しかし、すべてを読みつくそうと思えば、それは無理なほどの書籍が並んでいる。   

   塵も積もれば山となることを象徴しているのが本だ。一冊一センチほどの幅しかない文庫本でも、知らないうちに、いくつもの棚を埋め尽くすことになる。しかし、電子書籍なら、場所の問題を気にすることもない。好きなだけサーバーの中に保存ができる。ただ、ダウンロードできる端末の数には限りがあり、手持ちのデバイスの数をよく考えないで落としていくと、上限をオーバーして読みたいときに読めなくなる。

 プライムリーディングに並ぶ書籍のジャンルは準新刊から古典まで様々だ。そんなわけで、最近古典にはまっている。なんとなく書籍名は知っていても、昔の本なんて内容も古臭いと考えがちだが、そうでもない。どちらかと言えば新刊本ばかりに手を出してきたが、プライムリーディングのおかげで、古典を読んでみようと考えるようになった。

 今日はプラトンの書いた、ソクラテスの弁明、を読んだ。

   プラトンソクラテスの弟子だが、ソクラテスの裁判を、傍聴していたプラトンが裁判の様子を再現する、といった手法で記述されている。

   高校の倫理社会の授業でも最初に扱われる内容なので、話の経緯は知っている。しかし、改めてプラトンが書いたとされるストーリーを追っていくと、現代と当時との意識の違いがはっきりとわかる。そして、その違いを超えて、普遍的に読みつがれてきたわけも見えてくる。

 先日は、サンテグジュペリの人間の大地。星の王子さま、のイメージしかなかったが、飛行機が生まれて間もない頃、初期のパイロットがどのような心境で空を飛んでいたか、繊細な描写で読み手の心に入り込んでくる。日本航空パイロットの友人にぜひ読んでもらいたいと思った。

 寺田寅彦軽井沢も良かった。かつての軽井沢鄙びた趣のある情景が印象に残る。動画では伝えられない、場の空気は、やはり文字でしか伝えられない。

 古典には年月を超えて読みつがれてきたわけがある。その理由を発見することが、古典を読み解くことの一つの楽しみになっていると気づいた。

 二千年以上前のギリシャの哲人の書いた本が日本語に翻訳された上、無料で読めるのだから、素晴らしい。アマゾンプライムリーディングは、手のひらにある移動図書館

 

 

 

スマホのない生活

   最近スマホのない生活に憧れている。もちろんそれが難しいほどスマホは私たちの生活に入り込んでいる。スマホのない生活。例えば、朝ジョギングしている時は、スマホを持たない。以前はスマホで走った距離を計測していたので、ポケットの中で、邪魔だなと思いながらも身につけていた。

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   これがアップルウォッチを手に入れてからは、持たなくなった。GPSが内蔵されているので、距離も時間も走ったルートも記録されている。

   平日は近所を回るだけだが、休日は少し足を延ばす。LTEタイプではないので、電波が必要な機能は使用できないが、コンビニでポカリスエットを買うことはできる。スイカなどは電波で繋げなくても使えるのだ。これがLTEタイプだと、電話もできるし、音楽を聴くこともできる。ただし、バッテリーがまだ弱いので、せいぜい二、三時間。でも、走っている間と考えれば十分だ。

   しかし、私は結局LTEタイプではなく、GPSのみのタイプにした。結局のところ、スマホなしでは不便で、アップルウォッチだけ着けて出かけるのは、走って回れる範囲のことだからだ。

   アップルウォッチには一度繋がったワイファイと再接続する機能が付いている。一度試しにGlocalMeとアップルウォッチだけを持って買い物に出かけてみた。あっさりとスマホなしで、フェイスタイムで自宅と連絡が取れた。同期していれば、家のアイパッドでも同じことができる。同じ仕組みだ。

   海外へ出かけた時に、ワイファイを持たないと、スマホのない生活が一瞬訪れる。結局のところ、スマホはネットに繋がっていなければあまり大した意味を持たないデバイスだ。スマホのない時間は、脳が動いていることを実感できる。ネットに繋がらなくても、自分の頭で考えて、感を働かせれば良いのだが、今やスマホなしで外国に行くことなど考えられない。実際に、バスの予約から、飛行機のチェックインまで、スマホがないとどうにもならないことが多々ある。

   先日行ったプラハでも、スマホのおかげで空港の長蛇の列に並ばずに事前チェックインができたし、郊外へ出かけるためのバスの予約が、前日現地に入ってから、その翌日の便が座席指定も含めて、できた。

  スマホは今や、地図であり、本であり、ラジオ、音楽プレーヤー、カメラ、ビデオカメラ、映画館、歩数計、電話、PC、クレジットカード、ATM、財布、定期券、スイカなどなど、上げていくときりがないほどの機能が詰まっている。

   結局無理なのかな。スマホのなかった時代の感覚がもう思い出せない。

Glocal Me

世界各地で使えるWifi  Glocal Me


   先日プラハへ行く前に、Glocal Meというサービスに加入した。これは世界各国でSIMの差し替えなしに使用できる無線Wifiのサービスだ。

   Wifi本体の大きさはiPhone5を少し薄く縦に延ばしたような程度で、重さはiPhone5とほぼ同じくらい。日本国内では、iPhoneなどのスマホにドコモ、AUソフトバンクやOCNなどのSIMを入れて使用しているが、海外でそのまま使用すると、高額な請求が降ってくる。そこで、世界各地で使用できるSIMを訪問先に合わせて購入する、というのが今までの一般的な使用方法だろう。

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  ところが、このGlocal MeのSIMは、Wifi本体には入っていない。管理会社のサーバー側に持たせてあり、各地の電波に合わせて切り替えができるという、逆転の発想で管理されている。従って、飛行機で新しい国に到着するたびにSIMを入れ替えるといった面倒な作業が必要ない。空港へ到着したら、電源を入れて、その国の電波を掴むのを待てば、あとは日本にいるのと変わらずに同じスマホが使用できる。


   今まで数度、機内モードのまま海外で使用したことはあったが、高額なパケット代の請求が来ないかと、帰国後しばらくはドキドキしていたものだ。しかし、このGlocal Meがあれば、これからは何も心配する必要がない。

   おまけに、通信料が安い。日本国内でも普通のWifiとして使用できるが、一ヶ月三ギガでわずか十USドルだ。世界中どこでも使用できるプランでも、一年一ギガで三十六ドル。香港の会社なので、消費税もかからない。


   今後、さまざまな分野で国境を越えたサービスが普及してくると、日本の航空料金が世界水準にまで大幅に安くなったように、通信の世界も大幅に料金がダウンするようになると思う。

   結局のところ、グローバリズムの波はあらゆる分野にまで広まり、そこで勝つ人は、標準化するまでの間に、国と国との間に存在するあらゆるギャップをネタにして、儲けていくのだと思う。


   NTTの有線電話はもはや風前の灯だ。アフリカでは、有線電話が普及せずに、無線基地を作るだけで使える携帯電話が一気に普及したそうだ。

   中国もガソリンエンジンの車は作らず、電気自動車の分野に進出しようとしている。新聞も紙に印刷する時代は終わるだろう。テレビも各県にローカル局を置いてネットワークをつくる時代は去った。ラジオは既にインターネットをラジコで聴く時代に入っている。ローカルラジオ局は面白い番組が出来れば、既に世界中の人に聞いてもらうことができる状況だ。

   既得権益を持つ産業がどのように抵抗してみたところで、波にさらわれる砂上の楼閣のように、数度の波を被れば、やがて砂浜に還っていく。しかし、日本はその砂上の楼閣に、コンクリートを混ぜて、堅固にしようとするところがある。

  ガラパゴス携帯とはよく言ったものだ。民泊ビジネスは官民挙げて潰してしまった。ウーバーも今のところケイタリングしか出来ないらしい。

    日本はやがて百年もすれば、独自の進化を遂げた珍しい文化形態を持つ国として、観光客が訪れるようになるのかもしれない。かつての社会主義国のような、あるいは管理の行き届いたアニメコスプレの聖地として、人々の中に記憶されるのだろう。

 

 

 

フジロックにボブデュラン

resort.seibupros.jp

    今年のフジロックフェスティバルにボブデュランが来るそうです。今日、西武ヴィラの管理組合から案内が届いて知りました。

    スキーシーズンは人で溢れる苗場ですが、それ以外は実に静かなもの。ただし、毎年夏に開催されるフジロックフェスティバルの時だけは様子が一変します。

    リゾートマンションの駐車場が全てフジロックへやってくる人たちのくるまで埋まります。なので、フジロックを見に来る住人以外は、この期間、苗場には近寄らないようにします。

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    夏と冬のリゾートシーズンの前になると、西武から案内が届きます。スキー場やプリンスホテル関連施設の割引券や新しい情報を載せたパンフレットなど。こうした別荘を持つことによって、そこで生活を味わうことによってのみ体験できる、毎年のルーティンな出来事は、実際に別荘を持って使ってみないと、なかなかわからないものです。

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    今では車よりも安い値段で買えるリゾートマンション。温暖化の進む中、数十年後には涼しい夏を過ごすことのできる、貴重な高原リゾートとして、経済発展著しい一年中灼熱の続く東南アジア諸国から、涼を求めて、大勢のオーナーが詰めかけるようになるのではないかと、想像しています。

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www.fujirockfestival.com

ワールドカップが終わり、四半世紀前のJリーグ創設を振り返る

 フランスが優勝して、ワールドカップが閉幕した。日本がベスト十六にまで勝ち上がり、毎晩テレビの前に釘付けになった。前評判はとても悪く、直前に監督が変わったこともあり、あまり期待もしていなかった。おまけに、対戦相手がどこも格上ばかりのチーム。全戦全敗になるのではないかとさえ思っていた。しかし、結果は素晴らしいものだった。ほとんどの人が無理と考えていた予選突破。そして予想もしていなかった、ベスト十六。想像以上の結果をもたらした。

 日本代表チームは、今では当たり前のようにワールドカップに出場しているが、四半世紀前には、プロサッカーリーグ自体が日本に存在していなかった。生まれたときからプロサッカーリーグのあった世代の選手が中心となっている中で、少しだけ当時の状況を思い出してみたいと思う。


 その頃、私はまだ二十代で、新しい衛星放送局の番組制作担当者として働いていた。衛星放送といえば、日本放送協会WOWOWしかない時代だ。まだ、インターネットが普及する前の時代で、次の時代のメディアとして、総合商社各社が新しい衛星放送局を始めようとしていた。

 ちょうど同じ頃、プロサッカーリーグ設立の話が浮上していた。日本のプロスポーツと言えば、野球、ゴルフ、競輪以外には、ほとんど思い浮かばない頃のお話だ。日本テレビの午後七時から午後九時はたいていの場合、ジャイアンツの試合が放送されていた。

 プロサッカーリーグを設立すると言っても、Jリーグに対して協力的なテレビ局は一社もなかった。確実に視聴率の取れるジャイアンツの放映権が欲しいということもあり、読売グループに背を向けて、進んでサッカーの試合を放送するキー局はなかった。

 Jリーグと似た立場にあったのが、商社系の衛星放送局だ。放送するコンテンツを集めようにも、めぼしいものは大手のキー局がその資金力で根こそぎ買い込んでいく。海外の放送局から購入した放送権のあるもので番組編成枠を埋めながら、目玉となる番組を時々流す、ということが、中心だった。このスタイルは、四半世紀後の今でも続いている。

 Jリーグは初め電通に協力を依頼したが、キー局の広告枠を広く押さえていた電通は、これを一蹴した。代わりに受けたのが、博報堂だ。関係者会議で「今に見ていろよ」と誓いあったものだ。なので、日本代表の試合が、全番組の視聴率の中でトップになると、本当に嬉しい。一方、巨人戦も含めて、プロ野球の試合は、ついに地上波では、どの局も放送しなくなってしまった。これはこれで寂しいことだが。

 このようにして、紆余曲折はあったが、Jリーグ博報堂CS放送の協力体制が決まり、開幕に向けての準備が進んだ。

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 私のいた局は、伊藤忠商事の衛星を使用しており、社長も伊藤忠からの出向者だった。しかし、番組の製作者は、NHK出身者で固められていた。日本放送協会公益法人ではあるが、当時から経営の多角化に乗り出していた。株式会社を設立して、番組制作会社を設立したり、有力なコンテンツの二次利用ができる、他チャンネル放送の機会を自ら探し、創出していた。

 実際、総合商社にいた人が、すぐに番組を作ることができるかと言えば、それは無理な話なので、番組制作面に関しては、完全にNHKの関連会社のような存在だった。

 Jリーグは九十三年に開幕した。私のいた局は開幕全試合を放送した。初戦は国立競技場で読売ヴェルディ対日産マリノスJリーグは地域に根ざしたスポーツクラブとして発展することを目指していたため、各本拠地の地名をチーム名につけることを求めていた。しかし、開幕直後はそのようなわけには行かなかった。まだ、Jリーグの力よりもスポンサーの力のほうが強かった。スポンサーと言っても、内実は読売グループということになる。それにしても、当時の読売グループ代表が、今もその地位にいる、ということには驚く。朝日新聞社日本経済新聞社もデジタルコンテンツの分野へ着々と進出を始めているが、読売新聞社は未だに輪転機にこだわり続けているらしい。

 チェアマンとしてJリーグ設立をリードした川淵さんの掲げた理想は、関係者を一つにした。

「日本各地に芝のグラウンドを作り、地域の子供からお年寄りまで、サッカーに限らず、みなが集うことのできるクラブを作りたい」

 関係者はその言葉に触れ、身震いしたものだ。その理想を実現するために、今もJリーグは日本各地にチームを増やし続けている。その結果が、ワールドカップの結果であって、その結果のために、Jリーグがあるのではないと、その設立の経緯からそう思う。皆さんにもぜひその事は知っていただきたい。

    いつの日か、日本中に芝のグラウンドが行き渡ったとき、日本代表がワールドカップで優勝するのではないかと、私は密やかに期待している。